交響詩 山の週末
第一部 プロローグ
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実験短歌

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2005年から翌年にかけては、いまだ何をどう詠むのか定まらず、いろんな詠み方に挑戦をした年でもあった。特に決まった手法を意識をしていたわけではない。興味のおもむくままに、多少の遊び心もまじえ、詠んでみた。


連作 ヘンリー・ナウエン著「放蕩息子の帰郷」より

2005年の正月、四五日の間に上記の本を読みながら、読むのとほぼ同時進行のようにして百首近い数の歌を詠んだ。歌というより、ほとんどが短歌に似せた単なるメモといってよいものであるが、中には納得のゆく作品も詠み得たと思っている。またこの体験により、わたしは連作形式という詠み方を明確に意識するようになった。
なお、レンブラントの絵画とナウエンの考察は、一般に知られるルカ伝の「放蕩息子」(15.11-32)の物語から想を得たものである。聖書の僅か一二ページの物語から展開されるレンブラントの絵画の深さ、及び一冊の書物にまでおよぶナウエンの考察の広がりは、聖書にふだん親しんでいないわたしにとっては、たいへんに霊的な刺激に満ちたものであった。なお短歌作品については、わたし自身の学びの軌跡であり、他の人の理解を求めるのは虫がよすぎるというものであろうか。

(レンブラントの絵画「放蕩息子の帰郷」・人物構成)
死に近き画家なにを思いこのたとえ再現せしや闇の中にぞ
闇の中に黄金色(おうごんしょく)と紅(くれない)を配せし絵画『放蕩息子の帰郷』
中央に描くことなく抱(いだ)き合う老父と息子を左に配す
人みなの祝福にあらず抱き合う父と子を画家は左に配す
心理的距離感のあり抱き合うふたりを見つめる四人の人物
老父(ろうふ)の左背後の闇に沈むがにひとりの女やや離れて立つ
凝視する女ありけり眼(まなこ)落とす老父の背後闇に浮く顔
腰をかけ見つめるひとりの眼差しは血の縁(えにし)なき人を思わす
右の方(かた)偉丈夫ひとり横顔に立ちてふたりを厳しく見下ろす

(絵画「放蕩息子の帰郷」より・和解)
放蕩の果ての身を悔い帰郷せし息子を抱(いだ)く老いし父かも
眼(まなこ)弱れる老いたる父の心とも赤きケープの色あたたかし
眼弱りし老いたる父が子の肩に置きしもろ手の色あたたかし
老いし父にくずおれるごとくひざまずく弟息子の細き背なかも
影の差しほのかに見ゆる横顔のやすらぎ深し父に抱かれ

(絵画「放蕩息子の帰郷」より・兄息子の葛藤)
ややくすむ赤きマントをはおりて立つ横顔きびしきひとりの男
横顔の視線きびしく父と子の和解のさまを見下ろす男
冷ややかなる視線というにも異なりてかすかにあれど温みありけり
現実の直視と言うにふさわしき兄息子の放つ横顔の視線
手を組みて立つ横顔の兄息子怒り制する姿にも見ゆ
何を思い見つめ居るらむ老いし父が弟の肩をもろ手に抱(いだ)くを
抱き合う父と弟を前にして疎外感にも似し思いはなきか

(絵画「放蕩息子の帰郷」より・霊的和解)
見下ろせる視線がついに仰ぎ見る霊的眼差しといつかなるらむか
弟のかすかに見せる横顔の影ほの暗くうなじに光あり
弟の背に差す光やや褪せて父の額に輝きはあり
ほの暗き光を抱(いだ)くごとくにもひざまずく子を父は抱けり
離れたる位置に描ける父の顔兄の顔にも光は差せり
兄の顔に差せる光の火の色のやがて和らぐ時は来るべし
かすかにも老父(ろうふ)のこうべ傾きぬ右に離れし兄の顔に向け
半盲の老父にあれば見ゆる者見えざりし者ともに抱くも
半盲の老父の額輝きて見ゆる見えざる世界に光あり

(異邦人我は)
ああまことに回心などということがあるのか我には信じ難しも
放蕩の限りを尽くし欲のまま生き得る人を時にともしむ
例うれば聖なる母のごとくにもあるがままなる子をいつくしむ
苦しみて迷い迷いて生き来たる我を思えば愚かにも似る

限りある愛をなげきて限りなき愛を求むる心尊し
されど我異邦人なれば人に似せ神を想うは受け入れ難し
愛などを受くる授くるなき世界に我は生きているただ生きている
愛という言葉は疎しなにゆえか情理いずれも実感はなし

選ばるる選ばられざる無き世界われは宙宇の塵にてありぬ
はかなしと言わば言うべし我がこころ青き空ゆく鳥のさえずり
一条の光のありてもろ人を宙宇を霊を神をつらぬく
我は子なり我は父なりわれは在り宙宇の塵のまたたきの生ぞ
力なくみじめに我はありしかど過ぎ行く時のつかの間の生
愚かさの中に生き来し五十年淡き輝きはつかの間にして
限りある時の流れのつかの間に永遠はあり輝きはあり

(小さき喜び、神の宴)
我もまた心にて見む闇に浮くちいさき喜びの星のまたたき
われも見むちいさき喜びのまたたくを深き闇間の星仰ぐごと
神のなす宴は何処(いずこ)いと小(ち)さきちいさき喜び我のめぐりの

(ナウエン、心の旅路)
かくまでに自己否定をする厳しさに我は驚く司祭なる人の
司祭ゆえ自己省察の厳しければ苦悩の果ての安らぎならむ
あるがままの自己をうべない神の家に帰らむとする老いし司祭は
かくのごとき深きやさしさを我は見る老いしナウエンの苦悩の中に
幼子の心に帰りゆくごとく老いしナウエン子らの父にあらむとす


題詠

ある若い歌人が主催するネット歌会に投稿を続けたことがある。わたしが育ってきた写実とは明らかに異なり、かつ若いがゆえの軽いノリの詠みぶりを特色としていた。多少の遊び心もあり、わたしも若いふりをよそおって参加をしてみた。ところが、今風の詠みぶりがなんとなく分ってきた頃、しだいにそんな自分の歌い方に嫌気がさしてきた。へたなコピー短歌を詠んでいる気分がしてきたのである。結局、半年ほどで止めてしまった。自らに引き寄せて詠むか否か、短歌の本質にかかわる問題であり、良い勉強をさせてもらった。以下の作品は、ぎりぎりのところで、自己を保っていると思う。

(海)
日輪が真っ赤にたぎり沈んでゆく海を見いてた少女の記憶
叫びつつ波にのまれて人逝きし海の記憶を語る老いし妻
みつきほど村より消えし老婆あり海をのぞめる墓処に死に居たる
獏としてかがやき暗く光あり「海辺の僧侶」天涯のいろ

(旅)
病んで病んで旅には行けぬわたしゆえ空想列車にいつものってる
夜の旅果てて着きしはテレジアもフランチェスコもいるそらの国
なにゆえか心にのこるはルカ伝の放蕩息子の旅ものがたり
ああ我もかのルカ伝の愚(ぐ)のむすこ愚のままにして旅野に果つるか
ふるさとを捨てし覚悟に夜の駅発ちにしこともはるかなりけり
生もまたひとつの旅と思うかな死にて宙宇の塵とかえりゆく

(ホラー)
職場という化粧(けわい)の森に分け入ればなめらかに這う赤き舌舌
くれないのあまたの舌がおちこちに徘徊しているわが職場なり
暗い目で髪をすだれに我を見る愛し憎しやくちなしの君
以上、駄洒落歌。

残酷な四月のわれら残酷な心の無為よ The horror The horror
ホロコースト・核・自然破壊ありてなお人間発展説増殖止まず
青空を液晶画面の中に見るうつつの空はにごりて暗し
現代版観念論かなパソコンの世界もひとつのねじれた現実
観念論思想の不気味さ潜ませて「ダーク・シティ」の映像うつくし

(ヒーロー)
ヒーローのつもりであった若き日も今に思えばただ愚かなり
-宮沢賢治-
教え子も清六(せいろく)さんも夢広げ「どっどど どどうど」銀河に消えた
-スピノザ-
愚かゆえ論理ともしき吾なれば日々ほそほそとエチカ読み継ぐ
愚かなる吾を厭いて憎しみて哀れすがりぬエチカの論理
-或るときの親-
貧しかりし父が或るとき口にせし革命児サパタの名をなつかしむ
ちちははが貧しき日々のたわむれに踊りしタンゴ「碧空」なつかし

ひとこと。父と母が、わたしのヒーローであるはずはない。父も母も、わたしと同様愚にして学無く、そのとおりの好きかってな人生を送った。ただそんなふたりにも、時に一瞬、諾い得る心のかがやきがあった。革命児サパタ、タンゴ碧空。ともにわたしにはなつかしく、悲しい記憶である

(スポーツ)
ほのかにも甘く匂える風おこしわが辺を君は走りゆきたり
君はいまクォータータイムを走り終え息なやましく吐きにけるかも
目のあたりほのかに血しお色さして走り終えたる君はほほ笑む
吾ひとり走りめぐれるグランドはしずけきいろの秋の花はら
バーベルを静かにおきて正座する暮れゆく夏の芝草の上
青空にわが心音を吸わしめて秋のはら野にまろび居たりき
以上、青春の遠い記憶より。

スポーツには無縁の男ら労働にかなしく隆起せし背筋よ
スポーツなる概念のなき国に生き荷を負う乙女のまなこ輝く
スクワット腕立て伏せなど日々になす寄る年波に吾は挑みて

(本)
年を経ていつか読まむと買い置きし本のいつしか失せて読むなし
存在と無の題字のみ色ありて装いもなく白き本なりき
わがひざの冷えくれば本を閉ざすなり小ぐらき昼を霧雨はふる
まどろみより覚めてふたたび本に向かいうつらうつらと雨の日を居り
棚壁の本に積もりし塵ほどにわれ怠りの年を重ねる
山の旅ゆき得ぬわれは「空の本」今日はひらきて雲を眺める
書を焼きておのれを守(も)りし権力の構造は常の世にもひそめり
才満つる人らの歌集にえにしなく寺山修司も知らず過ぎにき
初恋のひとの乳房にふるるごと「夏の季節」の章読みたりき(死の家の記録より)
我もまた流離のひとり なつかしや 要塞監獄 シベリア ロシア(死の家の記録より)
今はなき橋の片えの古書店にこころ小暗くシェストフ知りき
ページ繰るひそけさは秋の空にしみあらたに風のことばあらわる
才無きを満てるを問わず本あらば千の書庫には千の論あり

(気になる有名人)
しなやかにススキ穂かがよい靡けるにライオンヘッドよ風の歌を聴け
ジュン様へ(日本国総理大臣) ヨン様より。明らかに駄洒落歌。


定本八木重吉詩集より

漠然とではあるが、スケッチという語を意識し始めたのは、この頃である。結社「アララギ」に属していたので、写実・写生という語には親しんでいた。ただ先人がなした業績を思えば、わたしごときの作にそうした言葉を用いるにはさすがに気がひけた。そこで思いついたのが、スケッチである。深い意味はない。写実・写生よりなんとなく軽く身近な感じだから、というに過ぎない。
スケッチ短歌。基本は風景描写。詠むトレーニングにもちょうど良い。慣れてきたら、対象を広げるだけのこと。先の絵画「放蕩息子の帰郷」も、そんな意味合いを含んでいた。いわば絵画を短歌によってスケッチしたのである。次に思いついたのが、詩のスケッチであった。たまたま手にした八木重吉の詩集に触発された。彼の詩心に、わたしの歌心がどこかで共鳴したのであろう。
定本における八木重吉の詩は、つぶやくような短詩が多い。特に詩集後半がそうであり、それらの詩は、重吉の死後、詩稿として残されたものの中から選ばれている。編集は、歌人吉野秀雄。そのせいか、死の迫った重吉の妻子への愛とキリストへの信仰とが、読み進むほどに心に沁みる作品集となっている。仮にそれらの短詩がなければ、わたしがこれほどに重吉に惹きつけられることはなかったにちがいない。
さて、彼の詩を短歌によってスケッチしてみようと思い立ち、いざ詠んではみたものの、結果は自身の心の浅はかさを思い知らされることとなった。まさに、迫る死を見つめる重吉の精神の透明さには、わたしの心などとうてい及ぶものではない。せいぜい彼の言葉をなぞる程度の歌を詠むことしかできなかった。ことば遊びと言ってもよいであろうか、まったく恥ずべきであるとすら思う。学びの一課程と思うほかはない。

雲湧けば雲はかなしくはるかにも雲のなければ空はさびしく/秋の瞳「雲」
虹を見るわれと妻とが大いなる虹を讃える今日のさいわい/秋の瞳「虹」
不思議なる花の天使が舞いおりて迷いもだえる心と踊る/秋の瞳「不思議を思う」

風が鳴る死ねよと我にささやきてもろこし畑に風吹きとおる/貧しき信徒「風が鳴る」
美しき秋ゆえひとり鳴りいだす素朴な琴のしずかなる響き/貧しき信徒「素朴な琴」
美しき秋のひかりの明るさの奥処(おくか)にあらむしずかなる響き/貧しき信徒「響」

空に湧く白き雲かな吐息してまたも仰げば雲は流るる/詩稿・感触は水に似る
死よ汝(なれ)はおそろしくもまたなつかしく初恋の人の乳房に似るか/詩稿・白い哄笑
秋の日に山と吾とが向かい合うしずかなる山しずかなるわれ/詩稿・白い哄笑

煩悩の深きまま手を合わすれば不思議にこころ洗われてゆく/詩稿・純情を慕いて
身は踊り心は踊りあるがまま若きおんなは天使のように/詩稿・純情を慕いて
絶望と救いのあわいにひとすじの光ありけりはかなきまでの/詩稿・幼き歩み

死を思い思いの果てはひたすらにちちよちちよと御名を呼ぶなり/詩稿・み名を呼ぶ
美しき世界は何処(いずこ)ひたすらに吾はねがえり死にまさるもの/詩稿・み名を呼ぶ
冬草の枯れゆく見ればかのごとくわれの思いも枯れてありたし/詩稿・み名を呼ぶ
御名を呼ぶ御名が呼ぶゆえ御名を呼ぶかたじけなしとひたすらに呼ぶ/詩稿・桐の疎林
かなしみをひとつの甕(かめ)に捧げもち春のひかりのもと歩みゆく/詩稿・桐の疎林

畑の辺(へ)の枯草芝に腰おろし雲雀の鳴くを子と聞きて居る/詩稿・赤いしどめ
茅はらの広きがすみにうつ伏せば遠き方(かた)より聞こゆる響き/詩稿・赤いしどめ
春の日の松の林に入りゆきて松風を聞く静けさにいる/詩稿・赤いしどめ
白き空へ桐のわか葉のほぐれゆくやさしなつかしほぐれゆくもの/詩稿・赤いしどめ

はかなしと朝(あした)の露を思えども胸はふるえる故も知らなく/詩稿・ことば
かろやかに赤とんぼ浮き空をゆくわがかすかなる吐息のように/詩稿・ことば

ふるさとは柿の実の色さびしきはわがちちははのかそけきすがた/詩稿・論理は溶ける
にくしみが生きもののごとくひくひくと歩く不気味な夏の昼である/詩稿・論理は溶ける

ひとり立つ秋の林に日の差せば光とかげのあやなすあそび/詩稿・母の瞳
わが胸を水のながれにひびかせて秋のあかるむこころとならむ/詩稿・母の瞳
大いなる瞳がひらきうなだるるわれに慈愛のしずくをそそぐ/詩稿・よい日
ながるるをながるるにまかせ涙してこのうつし身の苦しさに居る/詩稿・しずかな朝

夕焼けを浴びて手をふり手をふりて胸にちいさな夢をともそう/詩稿・日をゆびさしたい
涙したりなみだをふいて笑ったり花いっぽんの幼きあそび/詩稿・欠題詩群
することも悲しいこともなきゆえにわたしはひとりほほ笑んでいる/詩稿・欠題詩群
わが胸におさなき日々のよみがえるふるさとのああやさしきささやき/詩稿・欠題詩群    
泣いていても怒っていてもわがこころ清らかにあれ美しくあれ/詩稿・欠題詩群

わがゆくは寂しき道と思うゆえただひたすらに主にすがるなり/詩稿・晩秋
はるかなる過去より未来のものなべてひとつ命の方(かた)に流るる /詩稿・晩秋
野茨の枝を折りきて瓶にさしつぶらに赤き実をひとり見る/詩稿・晩秋「野茨の実」
くれないのサザンカの花目にしみてこの寒き日の清(すが)しき心/詩稿・欠題詩群
冬の夜の炭の炎を見つめつつ悔ゆる思いにかなしみ居たり/詩稿・欠題詩群「夜」

だれも居ぬ森のはずれの日だまりに妻子(つまこ)としばし踊りたわむる/詩稿・赤い花
病める身の罪の深さよわがからだ少し良きとき神を忘るる/詩稿・信仰詩篇
鳥の声なおし澄むらむそらの国ひかりかがよう朝はとこしえ/詩稿・ノートA
苦しきがゆえに見さくるそらの国あわれまぼろし美しきもの/詩稿・ノートA
ゆえ知らずにじみいでくる涙ありなすすべもなくひとり臥し居て/詩稿・ノートD
ああ神よこの身を生かしキリストの光のためにはたらかせ給え/詩稿・ノートD
死を思い妻と子らとのさきゆきを思いて涙にじみいでくる/詩稿・ノートE


その他

以下の短歌は、特に意識したわけではないが、実験的に詠んだ体験が自ずとあらわれているように思われる。詠んだ当時は、こんな風に歌を詠んでいいのか、との思いもあったのであるが、今読み返してみれば、やはりこれもわたしの心のスケッチであり、ひとつの真実のあり方ではないかと、肯定的にとらえることができる。

■天(あま)翔ける白き炎の吾となり滅びゆかむか宙宇(ちゅうう)の塵と

長編「傲慢」序文に挿入引用。その説明文には、「……たとえかすかな炎であろうと、無数のちいさな存在のひとつとなり、かすかな光芒を放ち、この現実苦の世界にいましばらく命をとどめたい。善悪のかなた、因果と自由のはざまに生き、人々と支えあい、社会を成し、悠久の歴史の一瞬に生きる。そしてついには宇宙の微塵と砕け散る。……」とある。

■煌々と青き空より日は差して悲の器(うつわ)なる世界包めり

小作品集「AOZOLA」序歌。わたしの心の中の、東洋と西洋の霊的融合。自然と人間との融合。わたしには、忘れがたい歌である。

■ラマで泣く 声が聞こえる…… かの嘆き 誰(たれ)思うらむ メリークリスマス

毎冬、高原の村で湿原の草刈りボランティアをしているのだが、その刈った草や木の束を背負い、泥土の中を歩いていた時に、ふと歌が浮かんだ。「十字架を負いにし人に涙しぬ木草の束を背負いしのみに」。軽い木草の束であればこそ、イエズスの背負った十字架の重みがわたしには身に沁みた。
その冬の暮れ、目にしたクリスマスのたくさんのチラシ。ケーキやオードブルメニューの写真が彩りゆたかに載っていた。テレビからはクリスマスソングが流れ、夜の街にはきらびやかなイルミネーション。
クリスマスという言葉は、そこここにあふれているのだが、しかしイエズスの名を耳にすることはない。ましてや、イエズスの誕生をあがなって殺された多くの幼子のことなど、いったい誰が……。

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2006

■亡き吾子とひとつは誰の魂ならむ雲ふたつゆく冬の青空
なきあこと ひとつはたれの たまならむ くもふたつゆく ふゆのあおぞら

意…「あの雲はわたしの子。もうひとつの雲は誰なのだろう。……。お友だちができたんだね。天の国を、ふたりなかよくならんでゆく。冬の青空の、雲となって」

たまたま目にしたブログ。異様な文体に、気がふれているんじゃないかと、疑った。ブログ開設当初は、実に整然とした文章。あまりの落差に、記事を拾い読みしてすぐに分った。中学生になったお子さんを、途中で亡くしている。そのお母さんの深い悲しみだったのだ。能物語「隅田川」が、わたしの脳裏をよぎった。お母さんの深い嘆きの言葉が、ほぼそのまま歌になった。

人生(あ)るることの悲しさ思われてせめて聖夜(せいや)の星よかがやけ

火をまもる農夫かなたに御仏(みほとけ)の光は冬の野に注ぐなり

しあわせを心に持てる人ならむ朴の広葉に霧雨は降る

ゆたかなる植生の山夕闇の雨は諸葉(もろは)をやさしく打てり

つきよみの青き光のいざないに汝(なれ)と出で立つ白萩の苑
-夢に詠みし歌

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2007.月の暦に

ああ吾も妻も老いつつ元日の朝を迎えり病むひとり子と
なつかしきみ冬となれば病める子とわが枯れ山の小みち歩めり
歩み遅くやや身をかがめ山路ゆく足病む吾子に冬の日は差す
冬日差す枯れ草芝の山の路老いたるわれと足病む吾子と

咲き初めしソシンロウバイの黄の花に露は光りぬ冬の雨止み
冬の雨止みて薄日の差し来たるさ庭にユズのまろき実親し

真夜をなお妻が激しく嘔吐する咳を聞き居るすべなく吾は

付記には、次のようにある。<1.15より私が胃腸炎、その後妻にうつる。下痢症状はないが、娘にも及ぶ。一家三人、風邪症状に苦しむ。3月に入り妻子ようやく癒え、なお私だけが体力の回復なく、現3.20を迎える>とある。肝炎を患って以来、すっかり免疫力をなくしてしまったようだ。思えばそれが今(2014.4)にも、続いている。

ひとつこと心に決めて寒き朝月の暦の手帳買いたり
新月に寿ぐ年を迎えむと思えど雨の晦日となりぬ
妻子らとそばを食い居り貧しくも月の暦の晦日の夜に
ほのぼのと酒に酔い居り貧しくも月の暦の晦日の夜に
妻も子も吾もまた風邪に咳しつつ月暦一月一日迎う
わがこころ暗き曇りの空にあり睦月一日寒々と居る

この一年、月暦を歌に詠み込んでみようと、ふと思い立った。テーマを決めて詠むという、漠然とした欲求みたいなものがあったからである。

背に足に鉛を負いし者のごと睦月四日を働きに出づ

ほぐれゆくわが心かな冬の雨止みて朝の日淡く差し来る
パンの店ダーシェンカに寄る子が通うデイサービスの途次にある店

折々に床臥せ風邪にこもり居り七草粥のひと日わびしく

良き職に幸あらたなれと君を送る睦月十三夜の月の宴に

悪寒あり脱力感あり十日余を痰を吐きつつ咳に苦しむ
胃腸炎患いしよりわが体重五キロを落とし頬窪みたり
雪雲は風にちぎれて空を走り我は咳き込む老いの身屈め
吹きすさぶ風に玻璃戸は音を立て病み伏す我のひと日過ぎゆく
頬はこけまなこは窪み土色のわが顔うつる不気味なるもの
年明けより風邪の症状癒ゆるなく今日はおどろくすももの花に
咲き満てるスモモの白き花のうえ如月上弦の月はのぼりぬ
咳止まぬわが身を厭い今日も居り黄砂淀みて空は小暗し

殉教も戦死もなき世に生き得たるわれのひとよと思えば尊し
帰りきてひとりころ伏せ嘆かいぬ春の曇りの夕暮れの空
馬鹿者と若き日呼ばれ馬鹿者の我とぞ知りぬ六十を前に
何ゆえに人格の基礎無き我か惑い苦しみ老の域に入る
短銃にて長崎市長射殺さるる記事にしましく嘔吐感覚(おぼ)ゆ

古石に地蔵菩薩の面わ見ゆ桜の枝の花明かりのもと
午後となり若葉の森に降る雨の響きやさしも湯に入りて聞く
休み日の午後をうれしみ湯に入りて春の雨音やさしきを聞く
冷ゆる夜をひとりかなしくわが仰ぐ卯月上弦の谷の上の月
この宵を心豊かに吾は居て北斗の星の輝きを見る
花の色若葉の色もしずまりて夕べ雨降る薄明の苑
谷山にカスミザクラの花匂い仰ぐ夕空の上弦の月
沢に沿い森深々と分け入りてレンゲツツジの緋の花に逢う
寒さやや覚ゆる夜の苑に出(い)で陰暦弥生の月を仰ぎぬ
黒々と夜空に木立の影立ちて下弦の月のひかり清けし

日本語のついに滅びてゆく様をこぞり金欲るこの世にぞ見る
わが内より滅びてゆかむ日本語と力なきわが言葉にぞ思う
亡き父が選び買いきてこの位置に植えたる花木絶えて今は無し
ああ揺らぐ奥歯は老の現実とさ庭にいでて仰ぐ星かげ
頬はこけ奥歯は揺らぎ老しるきわが顔を見る夜の鏡に

今宵われ五十八とぞなりにけり月の暦の五月六日に
愚かなる性(さが)を生きつついつしかに五十八年の歳月過ぎぬ
ああこれがわが生(あ)れし日の星空か酔いつつ宵のさ庭に仰ぐ
月はなく星は少なくわが生れし祝いの夜をひとり寂しむ
漠々とわが生れし日を寂しみて今宵五十八の歳を迎うる
老いし妻がわが生れし日の祝いにとひと日遅れて酒を買いきぬ
わが生れし日も過ぎゆきて夏至となり今宵かなしむ上弦の月

作業服着しときほのか匂いけり昨日刈りたるドクダミの香の
わが山にワラビ柔きを摘みにけり霧降る朝を妻と出(い)で立ち
峰々を深く包みて山の間に霧は降るなり夏の山霧
夏山の繁みを濡らし霧雨は風に靡きてうす光り降る

さつき雨地を打つ音のはげしきを出勤前の厠にて聞く
書をはなれ再びキーを打つなどし雨の土曜をこもり過ごしぬ
何もせず雨の土曜の遅朝をベッドに眠り眠り過ごしぬ
眠り眠り過ごし起きれば身のだるささらに覚ゆる雨の土曜日
降り続く雨に小暗きひと日暮れ迎うる水無月新月の夜
ふくよかに黄金さびたる月かなしこよい水無月十三夜の月
しんしんと月のひかりの冴えわたりこよい十五夜の幸せにいる

山を越え雲にこだましサーキットの爆音は響くわが谷山に
むし暑く曇れる朝を山の家のめぐりに二匹のマムシ殺しぬ

山を購入してすでに二十年近い年月が経っていた。わたしどもの山も、高原の村も、変った。当初の爽やかな静けさは失われ、山はうっそうと茂り、村の公道をレーシングカー気取りの車やバイクが爆音を立てて横行するようになった。ぶつけようのない怒りと、寂しさに、わたしは時おりおそわれた。

風は涼しく窓より窓を吹き抜けてまろび仰ぎぬ夏の青空
谷山にさみどりの色充ち満ちて空はほがらに白雲のわく
近々と星らは青く煌めけりこよい文月新月の夜
ペルセウス座流星群は飛ぶ冴ゆる夜をちさく鋭き光りを放ち
眉近く迫り来るまで星たちの青き無数の煌めきは降る
億光年かなたの星の光とも及びがたしも時の観念
夏草の繁みの中にチダケサシ白くほのかに花を立たせり
虎の尾と猛きその名も淡あわとヌマトラノオの花穂やさしも
おぼろなる月の光を浴み居りぬ明日は湿地の草を刈らむか
午後の気温三十七度を越すらしも日は焔(ほむら)だち風は止みたり
やや褪せしナツズイセンの花咲ける里原をゆく語り合いつつ
またひとり若きの加わり夏の夜の路上に人ら月蝕を見る

青白き月のひかりの冴えわたる真夜の雪はら夢にあらわる
なにゆえに晩夏の夜の夢に見る月かげ青き真夜の雪はら
雪はらの闇に浮き居る月かげの冴ゆる青さを夢にわが見る
月かげにほのかひかりて風花の闇にふり来る夏の夜の夢
夢に見る真夜の雪はら果てしなく生死(しょうじ)の果てに通ずとも見ゆ
-夢を詠みし歌

やぶ陰にツリフネソウの花浮きて葉月中ごろ山峡の道
山峡に幼のごとく妻とわれ山栗採りぬイガを剥きつつ

芋すすきテラスに供え老いし妻が月仰ぎ居る葉月十五夜
もの供えテラスに妻と麻痺の娘(こ)は並び腰かけ月に真向かう
十五夜の月仰ぎ居る妻と娘のおもわ明るみほのか輝く

星見むと人ら高みに集い来て星降る夜をなごみいる夢
-夢を詠みし歌

この日頃かたくなに在りし吾なれば野菊を摘みて酒に浮かべたり
かげ白き上弦の月仰ぎ見て菊の節句の野菊摘むなり
清(さや)けしと花をかなしみ野菊つみ菊の節句の酒に浮かせたり
さかずきに野菊ひと花浮かべやり菊の節句の夜をことほぐ

二階より妻子の笑う声聞こゆ楽しきものよ妻子笑うは
老いし身のなにを好むや秋のハエ昼を眠らむ我にまつわる
沈みゆく日輪赤し老いし身をよじらせ仰ぐ淡き月かげ

ほの暗き峡となりけり落ち葉かく手を止め仰ぐしろがねの月
夕さりしもみぢの谷にわが仰ぐ神無月八日しろがねの月
白がねの月のひかりを仰ぎつつ小暗きもみぢの山を下りぬ
ストォブの炎にぬくもる山の家ゆうげの酒をわがあたたむる

秋から冬にかけての谷山の夕ぐれは、厳しく凛とした美しさがある。風は冷え、空は冴え、青空からあかねの空へと色はうつり、くれないの雲が走り、やがて色薄れ、宵闇が訪れると、月の光、星の光がふりそそぐ。それらを仰ぎながら山の作業をしていると、ついうっとりと見とれてしまう。

リンドウの花に逢いたり落ち葉降るコナラの森に笹刈り居れば
落ち葉降るコナラの森に笹を刈るリンドウの花残しなどして
谷山の峰を渡りて風ひびき落ち葉降る音ひとしきりせり

サザンカのくれないの花髪にさし真乙女あゆむ山峡のみち

わたしたちにとっては、いつまでも真乙女の加奈さんである。お母さんといっしょに山あいの道を散歩。うららかに秋の日差しがそそいでいた。加奈さんは片麻痺の身で、杖をつき、楽しそうにひょっこりひょっこりと歩く。ふとたわむれに、お母さんがサザンカの花を手折り、加奈さんの髪に挿した。加奈さんの笑った顔が、山峡の空にかがやいた。

もみぢ葉の散り敷く山路の草を刈る秋の日早くも日暮れとなりぬ
あかがねの色にかがよう満月を木の間に見つつ谷山を下る
谷山を下りて森を抜けしときまどかに満つる月に真向かう
山荘のあかり灯さず夕しばし神無月十五夜の月に見入りぬ
誰(た)が言いし月の光のしずくとぞ今宵ふかぶかとわれは諾う
冴えわたる月の光を浴みながら吾ひとり立つ真夜の山なか

山清水汲む婦人らに出会いけり林道深く入り行きし朝
つつましくまた朗らかに婦人らは語り合いつつ山清水汲む
山清水汲む婦人らはつつましき笑みにて答うわが問いかけに

来(こ)む年を寿(ことほ)ぎませと給いける暦(れき)に草絵の子(ね)の図ありけり
子(ね)をめぐり十二の月日配しあれば一枚暦(こよみ)マンダラ図と成る
子(ね)も人もひとつ世界をともにして一枚暦のマンダラに生く

今日もまたいつしかひと日暮れにけりただ寒々と霜月に入る
鬱かとも胸よぎるまで気力失せし日々の続きて霜月過ぎぬ
歌詠まず霜月師走過ぎゆくに身をも心も寒々と居る
胃腸炎ならむや妻の苦しむをただ案じつつ晦日近づく

伊保の里射穂(いほ)の社にイボの塚まつる尊し伊保の国はら

わたしがふるさとに寄せる思いは複雑である。ここで詳しくは触れられないが、愛憎入り混じるというより、希薄といった方がよいのかも知れない。そんなわたしが初老となって詠んだ歌一首。この後、少しずつ、生まれ故郷の歌を詠むようになった。

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2008

霜白くこごれる朝の里原にわれは出で立つ立春の日を
若き日より貧しく納め過ぎ来しに老ゆれば年金いささかを受く

(遠い記憶)
穂実という名をも豊けき村に生(あ)れただに貧しき我(わ)が家なりけり
我が生(あ)れし山かげの家貧しくて日の差す田原の家を恋いにき
竹林と墓地の境の墓なりき膝に届かぬ石を立てありき
我が生(あ)れし家の貧しさ変わるなく六十年の歳月は過ぐ

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