交響詩 山の週末
第三部 風のスケッチ-2010

佐野喬則

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第一章 短歌-2010

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2010.1.2

午後は晴れと予報に聞けば山荘へと吾ら家出づ霧雨のなかを
霧雨の街を抜け出で峠路をのぼり越え来て山の里に入る
解け残る雪にぬかるむ舗装路となりて車の速度緩める
里を行き山の奥へとなお行くに雪は固まるわだちを残し
茫々と雪にかすめる山なみの杉の青きに雪ふりしきる
霧か雪か空暗ぐらと込めながら低(ひく)山なみを沈めつつふる

ふくらかに雪は積もりて地をおおい白じろと清しわが峡の山
霧のごと雪かすみふる峡の山雪積もりおり白くふくらかに
みどり濃きモミの枝葉をおおうごと雪は降り積むふくらに白く
雪のうえに獣のゆきし跡ありて細ほそつづけり森の奥へと
熊手もて雪をかき分けあらわれし枯れ芝の道ぬれて明るし
雪に沈む東なだりの笹原の笹葉少しく雪に垂れ居つ
積もりたる雪に垂れいる笹の葉のみどり明るしうす黄の隈(くま)に
もえぎ色ヒワ色差せる枝えだの冬のカエデは艶めきにけり
雪山の谷をへだつる西なだり雪にそびゆる赤松が見ゆ
赤松の曲がれる幹に張る枝に雪白じろと積もり居る見ゆ
ひと木ふたき雪の山路にそびえ立つひだり赤松みぎに黒松
黒々と湿りを持てるコナラ樹の曲がれる枝に雪積もり居(お)り

暗ぐらと朽ち葉のしずむ泉あり雪ふくらかにめぐりに積もる
暗ぐらと朽ち葉のしずむ泉ありうすき氷は岩の辺に張る
暗ぐらと冬の泉の水底(みなそこ)に朽ち葉は沈むやや浮くべにの葉

(……がらくた、酔っぱらい、焦りすぎ、浮かれすぎ、がたがた短歌)
このようにメモがあるが、今思えば、この一連に限って特に出来が悪い、というわけではない。思うように歌が詠めないという、むしろわたしの作歌行為全体に対する焦りの心情が無意識のうちに吐露されたとみるべきであろう。


2010.1.9

漢文も古文も知らず歌を詠み自虐をときに歌の材とす
つくづくと物質的なるわが性(さが)を思い居りけり寒き日の午後
たゆたえる老の心をかなしみて聴き居りショパンのワルツ十三番

木々白き冬枯れ山の谷のうえ泉のごとく青き空あり
木々白き冬山かいの空青く泉のごとく色をたたうる

松がれの松のこぬれは奇怪なるかたちに黒く青空に在り
錆にけるくず鉄空に在るごとく松は枯れ果て影そびえ立つ
冬枯れの遠の山吹く風の音かすかにありてわが峡に聞く
昼近くすでに冬日のかげる道わずかに雪のとけ残るあり
幹白くしなやかに立つ木群(こむら)あり東なだりの冬枯れの山

ともかくも形なしたる大根のちさきを抜きぬ妻とよろこび
ちさきゆえ輪切りにしたる大根の汁の実あまく歯に柔らかし

-夢-
日の満つる小高き丘にわれら立ちよろこび四方(よも)を望み居る夢
足を病むわが子も丘に立ちながらほがらに四方を眺めいる夢
日の満つる谷を隔てて夢の丘は華やぐ色にまなかいに在り
萌黄色もみじの色に丘山は夢にはなやぐひかりは注ぎ
丘うえの白き岩かげ出でしとき野は広びろとまなしたに見ゆ
萌えの季(とき)実りの季とも分かちがたく見さくる広野夢にはなやぐ
峰に立ち山野(やまの)見晴らしわれら居るただそれだけの夢の楽しも
足を病むわが子と丘をくだる夢われら朗らに笑みをたたえて
先もあとも忘れ去り居て時のまの夢の断片楽しかりけり


2010.1.16

あおぞらを映しかがやく雪どけの舗装路をわれら車走らす
雪どけの舗装路は青き空うつしその輝きの中をわれらゆく
ひとすじの天空の道あるごとく舗装路は濡れ青き空映す
今日もまた風のつめたく吹きすさぶつくでの里のはら野に立てり
陰になお雪はうすらに白くあり山里の原の風は冷たく

晴れし故わが谷を恋い来たれども風は冷たく谷山に吹く
わが谷にすでに雪なく日は照れど風はつめたく吹きて止まざり
風をよけ日の差す車内に妻と娘(こ)としばしくつろぐ熱きコーヒーに
山峡に風は冷たく吹きていて真青なる空立ち仰ぎ見る
硬質の玻璃想わせて青ふかき空はありけりわれの真上に
沈黙がわれの真上に在るごとく青冴えわたる山峡の空
瀬の水のちさき氷柱となるもあり音乱れつつ水流れ落つ

山里の食事どころの昼餉どき客は少なし風寒ければ
昼餉とる人ら少なき店のなか妻子と窓辺のテーブルにつく
常あらぬ店の昼餉に心やや浮き立ち蕎麦は山かけとする
配膳を待ち居るしまし目をやりぬ展示されたる風景写真に
なにゆえに里の茶店の壁すみにミロの絵はあるやなにの関わり
妻と子と里の茶店に昼を憩う山かけそばの旨きを言いつつ
玻璃窓のかなたに青き空を見る里の茶店にそばを食いつつ
青き空折おり見つつそばを食う心にかすかミロを思いて
山里の食事どころのミロの絵に連想は及ぶ「太陽の賛歌」
連想は連想を呼び壁の絵に聖フランシスコの詩を思い出づ


2010.1.23-24

-房代さん四十九日(23)-
妻子らと海辺の町に着きにけり房代さん納むる四十九日に
亡き人の骨箱置きし仏間よりわが見る庭のロウバイの花
町中の古きみ寺に集(つど)い来て本堂の間へと人ら入りゆく
ストーブを囲みて人ら本堂に正信偈となう読経に合わせ
寺を出で車にてわれら丘うえの墓へと向かう骨箱を持ち
狭き路地曲がりつづくを登りゆき丘うえ小さき霊園に着く
墓の丘より見晴らす町の空よどみ海はかなたに鈍く光れり

-向山湿原の草刈り(24)-
湿原の花を守ると命もろき老ら集まり冬の草刈る
霜とけし湿原に入りヌマガヤを枯れ立つアシを刈り払いゆく
わが腰の痛むをかばい湿原に茂れるカヤを刈り払いゆく
花のたね落ち尽くしたる湿原に今日われら刈る枯れヌマガヤを
湿原に草刈るわれを遠くはなれ草刈る人のひとりふたり見ゆ
冬枯れの湿原の草刈りゆくに見上ぐる空のひたすら青し
森なかの湿原のうえ円かなる空はありけり青き色ふかく
ヌマガヤの原広びろとなりにけり四時間われら刈るをつづけて
ヌマガヤの原を刈りゆく手を休めしばし見晴らす空の広きを
青空にくい込むごとく杉のほのひともとありて原にすく立つ
青き空澄みわたる時湿原の松の葉いきおい照りかがやけり
カヤ原を刈りゆく一瞬見る空のかなしも青きいろのふかさよ
なんと深い空の青さよ高らかにこころは澄みて鳥は空を截る
輝きの真青き空に吹きわたる聖フランシスコの澄みとおる風
大いなる瞳のように青空が真上にありて湿原に立つ
森の中の湿原に立てば青い青いほんとうに青い空の色でした


2010.1.30-31

-記憶が消える-
為すべきをこの朝為して山を下りふとふり返る昨日のことを
この朝の昨日につづく作業とぞふり返るみる昨日のことを
わが意識昨日の作業に及ぶとき記憶は途切れふいに消えたり
一瞬に昨日の記憶消え失せて昨日を思い茫漠と居る
あるはずの昨日の記憶消え失せて茫漠としたる意識に居りぬ
茫漠としたる意識にわれは居て昨日の記憶呼び戻さむとす
消え失せし昨日の記憶辿れどもわれの意識はただしらしらと
わが為しし昨日の作業を妻に問う思い出し得ぬ昨日の記憶に
かかるさまに老いのほうけは始まるのか妻のいらえに記憶戻り来る
順を追い昨日の記憶を呼び戻しわが一日を組み立ててゆく
土曜日の記憶をひとつひとつずつ掘り起こすまずは出発の前
村の用にて常より遅れ出でしこと記憶戻りてまず記しおく
「すずかぜの里」にも行きてひと袋百円のみかん購いし記憶
時を追い記憶をたどり昼までは記憶を戻し午後に入りゆく
思い思えど土曜の午後のわが記憶漠々として定かならざり
わが妻とシキミの枝を切りしことひとつ記憶に他は漠々と

闇を照らし東のそらの山の間に月はのぼりぬまどかに浮きて
金粉を夜空の闇にぬり込めて満月は照るひかり妖しく
緋の色に照りてかがやく満月のめぐりの夜空火の色を帯ぶ
火の色にめぐりを照らす満月のかたえにひとつ光る星あり
緋の色の満月をめぐる輪がありておぼろに青きひかりを放つ
満月のめぐりをはなれ真上なる夜空の闇に星うすく見ゆ

雄木雌木の分かちも知らず植えたりきかくも愚かに二十年は過ぐ
まほらにぞ低山なみをめぐらせてつくでの里の冬田ゆたけし


2010.2.7

-ちいさき花のテレジアの苑-
まほらなる南にひらく峡の山「ちいさき花のテレジア」の苑
麻痺の子のために買いたる山なれば山の名は子の洗礼名とす
歩み難き麻痺の子のため山を買い年月(としつき)はげみ苑となしたり
山とともに二十年という歳月をわれら生きたりひたすらなりき
子のためにひとつ心を保ちつつ山拓きたる二十年なりき
山の苑築くをともに励みたる父も今は亡し歳月は過ぐ
足を病む乙女が髪のサザンカに午後の日は差す山の苑路(みち)
サザンカの花一輪を髪に挿し足病む吾子のめぐる苑路(みち)

以下、冬の三河湖へ、作手へ、ふたたび三河湖にて

冬日照る三河の湖(うみ)をなつかしみこの朝をゆく山の間のみち
やや仰ぐ切り岸のうえ冬木々に朝の日は差す明るむ落ち葉
みずうみの水の辺ちかく車止め妻子としましよろこび憩う
波荒きみずうみの上すべるがに鳥かげひとつ飛びゆくを見る
みずうみの波の荒きを見て立つに山をとよもしすさび吹く風
風とよみ湖(うみ)のおもてを吹きゆくに波荒々と畝なし光る

はるかにも冬の田原と山かげとつづくつくでの里に入りたり

試みに作りしものとカキドオシ茶葉をたまいぬ君の来たりて
カキドオシ茶葉を初めて煎じ飲む青くさき香のほのかに立てり
その味のまろやかなるを妻は言うカキドオシ茶葉煎じたるを飲み

水光る冬日のなかの三河湖のめぐりの道をまた帰りゆく
西のかた東のかたへと波立てり湖面をわたる風のまにまに
左へと波立ち光る彼方には右のかたへと光るささ波
風吹ける湖(うみ)のおもてに波立ちて輝きわたる光のうずと
隊列を一瞬組みて鳥影の群は飛びゆく湖面をよぎり
隊列をなして一瞬滑空す湖面をよぎる鳥影の群
かなたなる山の端ちかき湖(うみ)の面(おも)踊るごとくに波はきらめく
高処より見晴らす湖(うみ)の面(おも)は和ぎ山々の間をはるか縫いゆく


2010.2.10

-水曜暁の夢-
久方ぶりに楽しき夢を見たりしと心安らに記憶をたどる
軍の門の前に兵士の若き吾ら心ほがらに語りいる夢
途切れたる夢の記憶に思い出づ山の奥処の宿駅の路
朝の床に心安けくしばし居り夢の記憶を辿るも楽しく
途切れたる夢の記憶のよみがえり空の低きを吾は浮きゆく
うらうらと日はみなぎりて高き山見下ろしわれが空をゆく夢
高はらにひとすじの路あらわれて空ゆくわれは夢に降り立つ
山裾の緩やかなるを登りゆく人らとわれと朗らなる夢
こんじきの光みなぎる緑野を人らはゆけり夢のみどり野
みどり野に瀟洒なる家あらわれて玻璃の窓ひろく光あふるる
夢に見る若葉にそよと風吹きて光は踊るテラスに壁に
夢に見る若葉みどりの裾野はら登りくだりの人らほがらに
夢に見る若葉みどりの裾野はら吾らはのぽる心ほがらに
金いろの髪をなびかせ下りくる異国の婦人らほがらなる夢
こんじきの光ふり居る夢の丘巨大なる玻璃のやかた聳ゆる
夢に見る玻璃の館に入りゆけば意識は及ぶ夜空の星に
夢に見る玻璃の館に入りゆけば水の園あり岩を配して
水の園にちさき滝あり泉あり夢の中なる水の流れに
すみ透る夢の泉の水(みな)底にちいさな赤い花のいくひら
いつしかに夢は移りて若葉かげわれらは下るせせらぎの路
誰も誰も笑みほがらかに交わす夢若葉の陰のせせらぎの路
せせらぎに青き鹿居て木もれ日の揺るるに金の背と輝けり
青き鹿せせらぎに立つ奇妙なる夢と思いぬ夢の意識に
くだり来ればふたたび夢のすそ野はら空はろばろと黄のひかり充つ
光充つる裾野のはらにわが意識ほがらなるまま夢の旅果つ


2010.2.16-21

地に低く日を浴みながら水仙の葉むらはすくと萌え立ちており
粒ほどの蕾つづれる花序のなかアセビの花のひらきたるもあり
風はなお冷たく吹けどソヨゴの実乾き黒ずむ季(とき)となりけり

草刈りて喜びひとつ見いだしぬショウジョウバカマの株増えしこと
オリオンの星の冴ゆるを吾に告げ妻は出窓の玻璃戸を閉ざす

カヤ刈ると朝の湿地に踏み入るに霜凝り居る地はやわらかし
枯れ立てるサワシロギクに残る萼一瞬に見て刈り払いゆく
野イバラの絡まりたるも刈り払い湿地にひねもす妻と作業す
丈ひくきレンゲツツジの木むらありて脹らむ花芽つけたるもあり

ストーブに燃ゆる薪の火見つつ吾ら「香恋(かれん)の館」に昼の膳待つ

朝霜に白き湿地を渡りゆく子鹿らのむれ列をなす見ゆ
窓外のアセビの秀(ほ)にぞ止まりたるヒヨドリの居てしばしわが見る
首を振る動き鋭きヒヨドリの精悍なる目に驚き見入る
ふくらかに羽毛をまとうヒヨドリのその装いの色のうつくし
ナツハゼのかたちわろきを言いなどし君はほがらに帰りゆきたり
エゴノキの勢い無きを怪しみてエゴノキおおうイヌツゲを伐る

東側斜面の笹を今朝は刈るキンランの咲く春を心に
わが山に三日宿りて帰る朝梅の蕾はふくらみ居たり

君が手に仕込みたる味噌十キロを手渡しくれぬ笑みさわやかに

二万首を詠まねば歌にならぬとぞ歌詠まぬ人得々と言う


2010.2.28-29

ほのかにも匂えば湯屋に白梅のひと枝はあり古竹に差し
白梅のひと枝古き竹筒に差してありける湯屋香り立つ
白梅のひと枝を差す竹筒の肌に露あり湯屋にわが見る
(平凡すぎる、類型を越える感性を)

歌が詠めぬ歌が分からぬ惚けに似るこの感覚をもてあまし居る
結局は律も叙情も分からねば短歌というは我に遠きもの
生くるには益なきものとある時は貶め苦しみ関わりて来し

蕗のとう摘まむとわれら道すがら野辺ゆき山ゆきひとつ見るなし
激しかりし雨の晴れたるこの朝の二月の山ゆ水あふれ出づ
昨日の雨含みし山の地より吹く水は充ち満ち瀬をなし流る

浴室の水栓を這う虫が居てわが見るしばし動き止まざり
浴室の床にカメムシ二匹居てわが見るしばし動かざりけり
動くもの動かざるもの習性はそれぞれにあり虫ら楽しも
霧雨はいつしか夜の雨となりわが山峡を包むがに降る

絹のごとき光沢をもつ真黄の色福寿草は咲く落ち葉の上に
雨は晴れ朝日は差せどいまだなお雪割草は花閉ざし居り
わが山にマンサクの花咲くを見るなぜか愉快な気分になりて
清楚なる乙女想わせ咲き初むる山のアセビの白き花房
ほのかにもみどり帯びたる白き色山のアセビの清き花房
わが山に春を呼ぶごと咲き初めしアセビの花をいとおしむかな
ミツマタの花のひとつが咲きいると妻は声あげ喜びにけり
(平凡な歌の数々、二十首が苦痛、越えなければならない感性)


2010.3.7

土日の雨、作手には行かず

かの山のマンサクの花散りたるや昨日も今日も雨に籠りぬ
わが山の花房白きアセビ恋い雨に籠もりぬきのうも今日も
わが山にミツマタの花咲く頃と思いつつ雨のひと日を籠もる

窓に見る冬木に垂るる雨のしずく小(ち)さく光りてしばしとどまる
冬の木の交差する枝(え)に雨のしずくあまた垂れ居て白く光れり
小さきあり玉なすもあり白く光り雨のしずくは冬木の枝に
冬木々の枝を張るさまそれぞれに雨のしずく垂る白く光りて
ちさく光る冬木の枝の雨のしずくやがて玉なし滴りて落つ

-作手仏頭岩と雲龍ガシ(一)-
雲龍と仏(ぶつ)なる文字に心惹かれ大きなる木を岩を見にゆく
大きなる岩見むとまた木を見むと森を目指しゆく冬田の畦を
山裾の古切り岸が目の前に突如あらわれ大岩そびゆ
切り岸をふさぐごとくに大き岩わが目の前に迫りそびゆる
切り岸の険しき斜面突きいでて大きなる岩わが前にそびゆ
切り岸の大きなる岩割りしごと岩のおもてはほぼ平らなり
そびえ立つ岩の断面うっすらと浅みどりなる苔はだらなり
いっしゅんに左袈裟切り浴みしごとく岩の断面きれつは深し
時世経る(ときよふる)風にさらされ大岩の断面ほのか滑らかに見ゆ
何ゆえかモアイの像を想起して仏頭岩(ぶっとういわ)と名づくをうべなう

-作手仏頭岩と雲龍ガシ(二)-
わが仰ぐ岩より生うる角のごと大樹ふたもと山を背に立つ
太き枝ひだりの方ゆ撓むありて聳ゆる岩の中ほどまで延ぶ
冬芽もつ左の大樹灰白(はいはく)の枝を広ぐる大岩のうえ
大岩の右うえかげに大樹あり枝暗ぐらと曲がれるが見ゆ
大岩の右に歩みをなお進め仰ぎ驚く大樹の根方
あらわなる太根(ふとね)曲がりて大岩を這うかとも見ゆ切り岸の上
あらわなる太根(ふとね)と古き太幹(ふとみき)の限り知ら得ず巨塊(きょかい)とうねる
巨塊(きょかい)なす古き幹より枝枝は天に逆立つごとく聳ゆる
荒々と聳えて立てる樹(こ)のうれは小暗き山に定か見えざり
雲を呼ぶ嵐を呼ぶ竜の飛翔ともわが仰ぎ見る崖上の大樹


2010.3.13-14

-木和田集落-
山深く下りてゆける林道のうねりうねりて昼なお暗し
山深く小暗き林道湿り帯び杉の朽葉か片寄り積もる
林道の小暗きをゆくにアオキあり赤き実の色あやしく光る
山深く下り来たればヤプツバキ沢に沿いつつ道の辺に咲く
ヤブツバキ深みどりなる葉の色を花の赤きを疎むともなし
山深く下り来たればいつしかに沢の流れは川瀬となりぬ
沢の流れの川瀬となりし山あいに木和田集落上(かみ)の地区あり
山深く林道を下り来たりける木和田の集落山また深し
石を組みわずかなる地を平らめて家々は建つ山の斜面に
山裾のゆるきなだりは幾段の広き田となし集落はあり
岩ばしる川瀬に白き水泡(みなわ)立ち青草の間を激しく流る
岩ばしる川瀬に出づる岩のうえヤブツバキの花散りて居にけり
岩ばしる川瀬のうえを色淡くキブシの黄なる花房垂るる
ツクシ摘みノビルを掘ると山あいの木和田の里にわれら来にけり
畦の土手川瀬の土手にツクシ摘む木和田の里は山なだりの里
この里にツクシ摘むにはやや早く穂の青きのみ疎らに生(お)うる
この里にノビル掘るにはやや早く鱗茎の白き玉小ぶりなり

花つけしアセビ少なきを言いながら妻と経めぐるわが山峡を
黄の色の小花もひらくミツマタの灰みおびたる蕾もやさし
不思議なる明るさにじむ青空とかなしみ仰ぐ今日の峡の空
歌声のほそくやさしく降るごとく青き空ありわが山峡に
青空ゆ歌のやさしく注ぐごと思われ仰ぐきさらぎの空
こぬか雨午後よりは晴れいつしかに白梅匂う夕暮れとなる
(詠むことが苦しい、うめきながら詠んでいる)


2010.3.20

-下山和合地区-
黄の色に花霞すると見ゆるまでクロモジは咲く山あいの道
艶持てる細きみどりの枝々に黄なるクロモジの花咲き匂う
黄の花のクロモジ仰ぎ立つ山路遠く鶯のさえずり聞こゆ
遠く近く谷山を渡る鳥々のさえずりは澄み空にひびけり
朝の日の山の茂みを透かすとき黄の花輝くひとところあり
古岩の乾ける苔ゆ生い出づる花はスミレか濃きむらさきの
古岩の苔より生うるむらさきの花はスミレか指もて触るる
去年(こぞ)のごと今年もツクシ摘みに来ぬ日当たりの良きこの草土手に
草萌えのみどりが中の小(ち)さき花イヌノフグリは地をうずめ咲く
地をおおいてイヌノフグリの咲くを見れば心おさなく星を想えり
うらうらと日のふる土手にツクシ摘む老いたる妻と和合の里に
そよ風は老いたるわれの身にも吹きしばしを吹きて過ぎてゆきたり
かく老いしわが身に吹けるそよ風を愛(かな)しみにけり心若やぎ
草土手の低きへと下る水路ありさざれ波立ち水滑りゆく
ひかりは揺れ水はゆるやかに流れゆく土手の下なる水路の堰を
ツクシ摘む土手に見おろす棚田広く谷の向こうに檜(ひ)の山そびゆ

わが山に八分咲きなる梅の花一週間前は二分咲きなりき
わが山に所詮合わざる蕗の薹か植えて幾とせ増ゆることなし
ミツマタのうつむく花にすがる虫いまだ小(ち)さきが蜜吸いて居り
若枝も冬芽も赤きスノキありてかたえに白き馬酔木の花房
石組みの石に垂れ居る黄なる花雲南オウバイ清か咲き初む
わが山に自生し春を告ぐるごとショウジョウバカマの花咲くうれし
淡き黄の露かがやくと見ゆるまでヒュウガミズキの蕾ふくらむ


2010.3.27-28

-三河湖を望む-
山の間にしずまり光る三河湖(みかわこ)をこの峠路にしばし見晴らす
峠路(とうげじ)にわが見晴るかす山の湖(うみ)空をうつして鈍く光れり
空の色うつして鈍きかがやきに湖(うみ)はよこたう山なみの間に
しろがねの光たたうる湖(うみ)をいだき青く霞みて並みよろう山
山青くゆるやかに並み果てもなし湖(うみ)はよこたう空をうつして
白練(しろねり)の空と湖(うみ)とを限りつつ青き山なみ霞みて果てなし

-下り沢林道-
蛇行して起伏激しき山の道ブレーキペタル踏み踏みてゆく
山の道の雨にえぐられし跡もありブレーキペタル踏み踏みてゆく
崖下の道にころがる岩もありブレーキペタル踏み踏みてゆく
岩の山けずりて成りし崖道に黄なる岩々あらわに聳ゆ
荒々と黄なる岩々切り立ちて崖は聳ゆる我らのゆくてに
岩の崖そびゆる遥か眼下(まなした)に三河湖は見ゆ山々を縫い
岩を切り山をけずりて成りし道しばしを下(くだ)る蛇行激しく
岩を切り山をけずりて成りし道崖の岩々伝う水あり
崖の岩伝い流るる滲み水の薄く凍りて居たるもありぬ
山沢の細き流れは道にちさき堰を築きて水をくぐらす

ほのかなるともしび野辺にともすごと猩猩袴のわかむらさきの花
春を待つ老いの喜びしみじみと屈みわが見るコスミレの花
ミツマタの色褪せ初めし黄の花に触るればもろくほろほろと散る
梅の木の白き花びらほぼ散りてくれないの萼萎えて残れり
わが山に咲き初めし花楚々として黄なる水仙そら色の菫
草萌ゆる野路にすばやく動くものわが目に追えば小さき黒トカゲ
かの松のみどりの色も黄ばみ初めああ枯れてゆくまた一本が
シロモジとクロモジの別知りたるは去年(こぞ)の春なりき何故に知りしや
おぼおぼと黄の花淡くふくらみてバッコヤナギは曇天に映ゆ
おぼおぼとバッコヤナギのその花穂(はなほ)黄の蘂のびてふくらかにあり


2010.4.3-4

木々を揺すり笹を靡かせ春寒き風は吹き荒る山をとよもし
言葉いよよ即物的となりし世に老いて苦しみ歌を詠み継ぐ
二十年通い続けし山峡のその地形すらいまだ詠み得ず

わが山は南にひらく峡の山うららに春の日のそそぐ山
わが山は南にひらく峡の山北の尾根まで奥行きふかく
わが山は南にひらく峡の山なだらかなるを仰ぎ愛(かな)しむ
ゆるやかに曲がりまがりてなだらなる峡の山路の奥行き深し

西の尾根のぼりて北の尾根よぎり東の尾根をくだるわが山
標高差五十メートルを越ゆらむか仰ぎ立つ位置より北の尾根まで

わが谷をふくめ襞なす低山の連なりはあり東より西へ
わが谷の南向かいに低山はまた連なれり道をへだてて
山なみの狭間をはしる林道に沿いて湿地は広やかにあり
林道を湿地を見下ろす山なだりわが山荘はささやかに建つ

山峡の山のなだりに滲みいづる水を集めてほそき流れあり
奥山ゆ水は滲みいで流れなし平たきところ小湿地なす
奥山ゆ水は滲みいで流れなし小滝をつくり淵をつくりぬ
わが谷ゆ流るる水は林道の管(くだ)をくぐりて湿地へと入る
滲み出でしわが山の水は巴川矢作の川を海へと下る

大いなる繭玉の中に居るごとくわが山峡に春のひかり舞う
美しき天蓋のごとき空があり愛(かな)しみ仰ぐ水色の空
父ははと共にこの山買いし日を時に思いつつ二十年過ぐ


2010.4.10

庭を前に立ち話をする老ふたりこの冬死にし五たりを言い出づ
高齢化地球温暖化などを言い死にゆく老の増ゆるを語る
延命に話はおよび所詮死すべきは死すべしと老の語らい
じゃあまたと軽く手をふり歩みいづ老びとふたり立ち話終え

山に行こうとする朝の、自宅の庭の前でのこと。確かな記憶は無いが、語る老のうちひとりは、あるいはわたし自身であったかも知れない。とにかく妙に心に残る、路上での会話であった。

-和合の里のミツバツツジ-
山あいの棚田に沿う道くだり来て炎のごとき花の木に会う
切り岸の中ほど一樹の花木あり炎のごとく盛り上がり咲く
棚田ありその向こうなる切り岸の花はツツジか大樹ひともと
畦に立ち真向かい仰ぐ切り岸のミツバツツジの大樹に見入る
かくまでのミツバツツジは見たるなし紅紫(こうし)のいろに盛り上がり咲く
枝も幹も咲き満つる花に見えざれば樹齢を秘するごとき華やぎ
犬を連れ老歩み来るにかの花木指さし問えばツツジと答う
見事なる花のさま言えば間をおきて老は語りいづ花の歴など
花のさま幼き頃と変わらぬを老はかぼそき声にて語る
かの花の咲くを合図に田仕事にかかりしという昔を語る
声すがた清(すが)しき老の頬のへに少年の日の面影をみる
遠き日の記憶に花を語る老よわい九十をさりげなく言う
百年をゆうに越えたるツツジ花われは眺むる卒寿の老と

-岩波のエドヒガンザクラ-
寺を背に並み腰おろす老三人(みたり)エドヒガンザクラの花の下かげ
花かげに並み腰おろす老三人(みたり)媼ふたりが翁をなかに
老三人(みたり)花ふるかげに腰おろし笑み語りおり古寺を背に
わが問いしエドヒガンザクラの花の季(とき)はや散りがたと老らは答う
散りがたの花の淡きもまた良しと少しはなれし位置に眺むる
いく重にも層をなしたる花むらのエドヒガンザクラ匂える山里
古寺の屋根をもしのぎ枝垂れ咲く桜大樹の淡き花むら


2010.4.17-18

地酒一升春の祭りに届けるを太田酒店に依頼す今年も
酒一升祭りに届けこの里の人らとほそき交わり保つ
山荘に母が一時期ひとり住み里の人らと楽しくありき

ヤマザクラ若葉のなかに花そよぎカスミザクラはいまだ咲かざり
その樹齢三十年の華やぎに花咲きさかるヤエベニシダレ
石組みの上よりたわむ黄の花がしだるる桜の花にかかれり
母が植え妻がまもりしサトザクラわが山峡にいま咲きさかる
八重の花ふたえの花を摘みて来て妻は図鑑に桜の種を見る
桜見むと出で立つ峡の夕闇に光冴えたる細き月見ゆ
夕闇に花の明るむベニシダレわが山荘の窓に見下ろす

うっすらと緑帯びたる花の玉あまたを垂らしアケビの蔓あり
わが山の東なだりのひとところミツバツツジの群落咲き初む
芽吹かざる木々なお多き峡の山ミツバツツジの花ひらき初む
水仙のなお咲き残る種のありてくれない淡き副花冠の色
わが山のおちこち花の垣をなし黄のレンギョウはいま咲きさかる
わが山に花垣をなすユキヤナギこのありふれし花もまた良し
キジムシロイヌノフグリにハコベ咲き地にひそやかな花たちの宴
水の辺の湿りて黒き地のうえにヒメアギスミレの小(ち)さき花たち
凛としてひそやかに群れ咲き居たりフモトスミレは山の坂路に
艶持てるまろ葉を密に地に這わせヤマイワカガミ小花つけたり
わが山に花満つれども何ゆえかこの春いまだミツバチを見ず
タラの芽はいまなお固く閉じ居りてワラビ少しく出でたるを摘む

「月、星、語る、酒」とメモあり昨日の夜ふかく酔いつつ書きたるらしも
汗ばむ日重ね着をする日入り乱れほとほと老の身をもてあます
ロマンもなくおもしろくもなき夢を見たり帰りのバスに乗り遅れし夢


2010.4.24-25

-フードビアンさんのライラックの花(4.22)-
われも濡れむらさき薄き花も濡れ雨の中なるライラックの花
われも濡れむらさき薄き花も濡れリラの花咲く雨のふるなか
水浅葱(みずあさぎ)色にあかるむ花の房四月の雨はライラックに降る
ライラック四月の花と咲き匂う雨の小暗(おぐら)く降り居るなかに
エリオット知ら得ずリラの花匂う雨の小暗(おぐら)く降り居るなかに

-白鳥神社-
丘山のなだり平らめ祀りたる白鳥神社は杉木立のなか
きざはしの上に社殿の屋根が見え手前左右に大杉ふた樹
きざはしの上なる右の大杉のその端正なる姿うるわし
幹まわり歩みめぐれる大杉の肌に緑の苔むしており
社殿より左のかたの大杉に向かえば太き根はあらわなり
荒々と太き根あらわに地に出でて大杉は立つ社殿のひだり
和(にぎ)みたま荒(あら)みたまの像在るごとく大杉は立つ社殿の手前

-切山の大杉-
荒岩を組み上げしごと大杉は枝の根元を瘤となしそびゆ
素枯れたる百のかいなを垂らすとも仰ぐ大杉のふる枝は垂る
大杉を見上ぐるわれに迫るごと古きふと枝あまた垂れ居る
大杉の片側古きふと枝のあまたがのびて地につかむとす
大杉のふる枝ひとつ地に至りあらたに杉の一樹生い立つ
千の手の菩薩と詠みし歌人あり奇怪なる枝のこの大杉を
まざまざと老いのさま見せしむるごと千年杉のふる枝は垂る

花の山遅き歩みにめぐりゆく老いたるわれらと足病む吾子と(渡辺さんを山荘に)


2010.5.1-5

鳥の声聞こゆれど鳥の名を知らず声の分かちを聞き分くるもなく
山峡にひびき渡れる鳥の声聞き分けむとしてしばしたたずむ
山峡にまなこ閉ずればおちこちに鳥たちの声澄みて響けり
谷の風吹き起こるとき向う山ゆ花びらは舞うカスミザクラの
彼方なる湿地のなかのシデザクラ高きこずえに花むら揺るる
ヤマツツジ今年の花をいまだ見ずミツバツツジの花のとき長く
色彩の明るき点描画見るごとく花と芽吹きのわが峡の山
ニリンソウほのか紅さす白き花地に清けしをしばし見つむる
その花もその葉もいたくはかなげにイカリソウ咲くバイカイカリソウも
チゴユリの花ひそやかにうつむきてあるかなきかの風にさゆらぐ
やわらかにミズゴケ生うる地の上にヒメアギスミレ白く群れ咲く
山水は岩肌を伝い流れ居りミズゴケの間を日に光りつつ
草なかのカラスノエンドウの赤き花ありふれて咲くも親しみて見る
ゆらゆらとわが目の前を飛ぶ羽虫いのちかなしく思うたまゆら
タラの芽にコシアブラ採りワラビ摘みわが山峡に妻子とあそぶ
北尾根の森に分け入りわが行けば芽吹きの枝を鳥渡りゆく
散り残るモミジイチゴの白き花茎葉のしたにうつむきて垂る
ササユリの細きみどりの茎立ちて山のいっかく群落をなす
去年(こぞ)の位置にふたたびキキョウの茎立てりわが山谷に自生のふた株

かわず鳴く声しきりなる山峡に吾は出で立つ夜の星見むと
里の田に水を張りたるこの夕べ峰越え聞こゆるかわず鳴く声

わが山に四日宿りてこの朝(あした)山の桜はほぼ散りにけり
日ごと日ごと花びらの舞う山峡に四日宿りてこの朝を去る


2010.5.8-9

-木和田の桂-
山深く分け入りくだり車より降りしとき瀬音谷そこゆ聞こゆ
瀬の水の音のとよもす森ふかく木漏れ日はわがめぐりに踊る
喘ぎ喘ぎ老いたるわれら登りゆく杉の木立の森の坂路を
名を知らぬ種の茂れるを屈み見る杉の木立のした陰の路
まむし草まだら模様の茎立つを杉下陰の路みちに見つ
わが向かう右の方(かた)ちさき滝を背に桂の大樹(たいじゅ)そびえ居にけり
十一の細き幹立ちふたもとの太き幹立つひとつ株より
幹太きふたもと天を突くごとく森中に立つ桂大樹は
エメラルドグリーンの色に光り透く若葉まろ葉の桂を仰ぐ
大きなる桂の株を裂くごとく杉一樹立つ暗ぐらと枯れ
桂樹(かつらじゅ)の幹分かれ立つ幹の間に暗ぐらと枯れし杉のひともと
痛ましき立ち姿ともわれは仰ぐ枯れ杉をいだく桂の大樹を
ふと我に返りし思いに澄み渡る鳥のさえずりを森中に聞く

ヌマガヤをこの冬刈りしみどり野にレンゲツツジの緋の花ぞ咲く
朱の花の常の年より色濃きを妻は言いつつヤマツツジ見る
黒アゲハ朱のヤマツツジに飛び来たりしばしまつわり離れゆきたり
桜樹の枝に垂れ居るカヤランの黄の色淡き花のあつまり
赤い花黄の花目に立つ山峡にフランス菊の白き花咲き初む
コナラ樹(じゅ)の若葉かげなる山路ゆきひとつ花咲くキンランに会う
地に低く鳥ゆるやかに舞うさまにヒメハギは咲く紅紫(こうし)の色に
わが諸手ひろぐるほどの小世界草虫どもの命地に満つ
耀える琥珀の波とタムシバの葉むらはそよぐ若葉の谷に
ひかり透く琥珀色なるタムシバの葉の重なりの影も明るく
ひかり透く若葉の森のした陰を水は流るる響きゆたかに
枝すくとコバノガマズミの白き花やや離れ見るときにすがしも
まなしたの山のなだりのヤマツツジ西日を浴みて緋にかがやけり
いと小(ち)さき黄の色淡き花をあつめやわら玉なし月桂樹咲く


2010.5.15-16

-山のワラビ-
ゆるやかに山路続けば足を病む子を歩ましめワラビ摘みゆく
やわらかなまたふくらなるワラビ摘むこの山峡のワラビ旨しと
老いしわれら足病む吾子となだらなる山路をめぐる若葉風のなか
谷山をワラビ摘みつつ行き行くにゆくりなく会う花のシオデに
ゆくりなく会いたるシオデ喜びてはかなきさまの花を見つむる
ああなんとシオデのはかなき花のさま薄きみどりの消え入るがに見ゆ
淡くはかなく線香花火の散るさまにシオデのちさき花のあつまり
(正確にはタチシオデか)

迫り合う木々の若葉にやや隠れウワミズザクラの花は高きに
枝に葉に迫りし木々を切り倒すウワミズザクラの一樹を守(も)ると

野路の辺におのずからなる位置を占めフランス菊の花のつらなり
茎すくと白い花びら黄なる蘂フランス菊はかく単純に
三十を越ゆるササユリの茎立つを妻と喜ぶ三とせまもりて
今年なお蕾を残すヤマツツジそのくれないの色もさやけく
ヤマツツジ若葉木立の下陰に咲きたるもあり朱(あけ)の色濃く
赤い花白い花黄なる花もありわが山の苑のツツジゆたけし
朱(しゅ)のつぼみ七つをかこみ花五つ枝先に持つレンゲツツジは
みどり淡き若葉の森のひとところ濃き影をなす檜(ひ)の木立あり
花びらの散りゆくときにサンキライ薄きみどりの玉の実あらわる
花びらを散らし尽くしてサンキライ薄きみどりのつぶら実となる
増ゆる株妻が疎むを聞きながらスズランの花つづれるを見る
赤い花鈴垂るるさまに限りなし蜜吸う蜂らの羽音はひびく
(サラサドウダンにマルハナバチ)


2010.5.22-23

われよりも歩み確かないもうとと姪をともない山を経めぐる
山坂に葉の種を問われみどり濃くなりたる朴の広葉を仰ぐ
はなれ見るオトコヨウゾメのさまも良し白き小花を空に散らして
ふくらなる白き小花をあまたつけ装い清らにオトコヨウゾメの花
面寄する花の肉質ふくらかにオトコヨウゾメの小花は白し
焔たつ姿さまざまにヤマツツジこの山峡のおちこちに咲く
おちこちに緋のヤマツツジ咲き匂う若葉の谷を妻とめぐりぬ
花のとき今年は長く咲き継ぎて緋のヤマツツジなおつぼみ持つ
わが指にうな上げやればギンリョウソウひとつ黒目の小坊主のごとし
そのかたち崩れし蝋の立つさまにギンリョウソウ出ず落ち葉の間より
散りがたのサラサドウダンとなりにけり寄り来る蜂の羽音も弱く
ドウダンの花の盛りはすでに過ぎ寄り来る蜂の羽音も弱し
ヤマツツジおちこちに咲く森なかにササユリは青きつぼみを持てり
七日経ていまわれの見るタチシオデつぶらに青き実をつけ居たり
黄にともる宵のランプを想わせてヤマオダマキの奇なる花咲く
色うすき今年の花に恋い想うミヤコワスレの濃きむらさきを
幹ほそく撓ませ赤きつぼみ持つニシキウツギは木むらの陰に
幸福を呼ぶや四つ葉のクローバー美しき葉というにもあらず
道の端のフランス菊の白い花つらなる中のアヤメいく花

-サイクリング(1)-
ペタルこぐ息をはずませ老われは風に押されて坂のぼりゆく
山を切り成りたる崖の中ほどに淡々しかり白き花むら
咲き盛る白き小花の淡きさまいまだ名を知らぬ花とわが見る
図鑑にてツクバネウツギとわが知ればこの一日を喜び過ごす

(二十首が苦しい、あえぎあえぎ詠んでいる)


2010.5.29-30

-サイクリング(2)-
老われの家居を案じ妹は身を鍛えよと自転車呉れぬ
足腰を老いて保つと起伏ある森への路にペタルこぎ出づ
広やかなる若葉みどりの森の路ほがらに吾はペタル踏みゆく
広々と若葉木立を縫いながら坂路(さかじ)はつづく雲わく空に
やや険しき坂にかかれば変速レバー「1」としペタルさらにこぎゆく
ゆるやかな坂と思えどペタルこぐわが胸たちまち痛み増し来る
心臓が炸裂するかと思うまで胸痛くなり自転車飛び降る
自転車を引き引き坂を登りゆく乱るる息の収まりがたく
坂のぼる気力は失せて遂にわれ崩るるごとく地に腰おろす
のぼり来し麓のかたを眺め居り日のぬくみ持つ坂に腰下ろし
身を休め息おさまれば歩み出づ羽布の峠へと自転車引きて
峠へとのぼる坂路の笹原にコツクバネウツギの花咲きて居り
山の間に水くらぐらと湛えたる三河湖が見ゆ羽布の峠より
峠より湖(うみ)を望めば戻りなむ老の足腰今日はいたわり
白髪(しらかみ)を風になびかせ下りゆくペタルに足添え森の舗装路を
森を縫い舗装路はるか続きいてああ美しきわが鍛錬の路(みち)

この時の激しい動悸を、わたしは運動不足のせいだとばかり思っていた。だが今思えば、すでにこの時、わたしの心臓は弱っていたのかも知れない。

草芝の路の辺白い花群れて黄の色さやけくブタナも咲けり
若笹の陰にひそまるチチコグサ故知らにその名をなつかしむ
あらたしき茎葉朱の色おびながら馬酔木はなやぐ初夏(はつなつ)となる
咲き残る花のかたちの乱れたるヤマツツジ見る萎えし朱の花
白い花黄の花群るる野路の辺にミヤコワスレの花も咲き居り
しなやかにみどり細葉の茂るなか萎るるもありノカンゾウの花
春はゆきひそけき花のときを待つ山の木草のつぼみ新たに
茎先につぼみを集めすくと立つ何ならむや葉はノギランに似る


2010.6.5-6

-夢(1)-
新たなるたぐいの夢か高ゆかの堂にわが座し闇を凝視す
高床の堂にわが座し闇に目を凝らし或るもの見むとする夢
闇なかに或るものが居る気配してわれは見つむる目を凝らし見る
闇にかすか明かりの差して見上ぐれば雲暗き間に鋼(はがね)いろの空
大きなる黒蝶ひとひら目の前をよぎりてわれを誘うがに飛ぶ
美しく舞いて居たりし夢の蝶彼方をゆきていつしか消えぬ
瑠璃色の鳥があらわれ枝影の黒きに止まりかなた見る夢
瑠璃の鳥たちまち暗き影となるを夢の意識にわが見つめ居り
瑠璃の色夢の意識にまた浮かびほのかよろこぶ「青い鳥」とぞ
ひさしぶりの楽しき夢と笑み居りぬ夢うつつなるたゆたう意識に

-夢(2)-
ひと夜おきふたたび遊ぶ夢の苑知恵のともしき子らに混じりて
夢に見る積み木の部屋に吾は居り知恵のともしき子らと楽しく
夢に会う人らはだれも美しき表情をして苑をゆきかう
知恵うすき片麻痺の子がひたすらに階のぼる夢うつくしき夢

-街-
街をゆく車絶えなく硬質の光りまぶしくわれの目を刺す
照り返しするどくたぎる白き街光りはまなこを痛きまで刺す
醜怪な鏡のごとく街白くひかりは散乱反射して止まず

疎み居しセイヨウシャクナゲ遅れ咲き花なき時の花とうべなう

1ミリに径満たざればルーペもてその花を見るうすきむらさきの

(疲れている、限界、気の抜けた歌、これではいけない)
メモはこのようにあるが、今読めば、気の抜けた歌、というのはあたらない。かなり苦しんでいたのであろう。


2010.6.12

山荘の北の陰なる狭庭べに白き花弁のユキノシタ咲く
ただ白き二弁の花と思いしが三弁を知りぬ今日の図鑑に
花びらの小さきに薄きくれないの斑文を持ちユキノシタ咲く
ユキノシタ群るるを見ればリズム良き音符のごとく蕾らはあり
ユキノシタ花咲くかげにむらさきのタツナミソウのいく花かあり
むらさきの花ひそやかにタツナミソウ咲きたる見れば妻はよろこぶ
高く低くタツナミソウの咲くを見る屈みて吾の目線下げつつ

低き位置にふた花のこし茎先にヤマオダマキは種ささげもつ
色くすむ胡蝶ひとひらしばし舞うシロツメクサの花はらのうえ
いと小(ち)さきつりがねの花くれないに連なり咲けり野辺のナツハゼ
激減をしていると聞くオニスゲの花が咲きおり細き水のへに
ミツマタにからみて咲けるスイカズラ冬は黒実の種つけて居き
日を透かしみどり帯びたる白き苞高みにふた花ヤマボウシ咲く
黄の色のほのかに混じる花集めガマズミは咲くみどり葉のうえ
粒ほどの小花を集め房をなすサワフタギの香(か)の甘く匂えり
山の花ひそやかに咲く時となりある種は甘き香を放ち居り

山路ゆき散りしくエゴの花に会う風のなければ香りこもりて
エゴの花散り敷く山路に仰ぎ見る花は見えざり光まばゆく
エゴの花定か見えざり日を透かし影とひかりの踊るこぬれに
うす紅の色萎えにけるエゴの花散り残り居て少しく垂るる


2010.6.20

忘れ居しわが生(あ)れし日を今日と知りその一瞬の思い殺伐
嫌なこと憂きことのみが思い出され六十一にわれはなりたり
貧弱なるわが性(さが)ゆえに貧弱なる生(せい)を送りて老いてしまいぬ
貧弱がわれのひと生(よ)をつらぬきて苦しみにつついつしか老いぬ
時も金もゆとり少なく老いたれば惚(ほう)けるまでの励みささやか
いまだ四年ああ働かねばならぬのか六十一の気力萎えしに
残されし時少なしと思い焦るいかほどのこと為すというなく

-自宅から作手へ-
日輪の雲に隠るる朝空に光はよどむまぶしきまでに
梅雨曇る町のはずれの緑野に湿りこもらい光はよどむ
野によどむ光まばゆく日輪の在り処(ど)を仰ぐ梅雨曇る空
山峡に花尋めゆくと梅雨曇る朝を出で立つ心けだるく
曲がり曲がる根引(ねびき)峠を越えし時しもやまの里霧にかすめり
山の間の道抜けしとき小暗くも広き空あり里田の上に
梅雨曇り黒雲のわく空の下低山並みの里に霧降る
緑かすむ山野の里に霧は降り風のあるらし右に流るる
檜(ひ)の山を沈ませ霧の降る里の屋根の瓦の濡れ居たりけり

咲きひらくさまそれぞれに笹百合のひとつひとつの花に面寄す
咲き盛る卯木に羽虫寄るはなくイボタの萎えし花にまつわる
ふと仰ぐバイカツツジの花は萎えややに乱るる葉の下陰に
数うれば湿地の中にむらさきのノハナショウブの十六の花
ウツボグサ今年の花の少なきを妻と言いつつ山めぐり見る
単純に列なし垂るる花の玉白く清かにネジキは咲きぬ


2010.6.27

ヌマガヤのみどり明るき原に群れノハナショウブのむらさきの花
萎え乱れノハナショウブは群れ咲けり緑清けきヌマガヤの原に
ヌマガヤの緑の原にカキランの花紛れ見ゆ黄の色明かく
ヌマガヤの緑が原の彼方なる木立にからむノイバラの花
円(まろ)葉示し何の種ならむと妻が問う花の過ぎたるクモキリソウに
道の辺の草の間に咲くウツボグサ花のむらさき淡く明るむ

水の辺の草細ほそと茂る中カキランの花いまだ咲かざり
水細く流れいる辺にカキランの小花ゆたかに咲き垂るるもあり
カキランの小花ゆたかに咲き垂れて草々の間にほのか明るむ
うす紅のナワシロイチゴの花に寄りしシジミ蝶まなく離れゆきたり

薄紅の花美しき時は過ぎ色褪せ白きササユリの花
形崩れあるいは色褪せササユリの花むらはあり時は過ぎにけり
ササユリの花の色褪せなお咲くに香りは森にこもりたゆたう

コアジサイ咲き盛る見ずいつしかに今年の花の時は過ぎにけり
蒸し暑くつゆの雨降る山峡のモミジイチゴの実は腐り居たり
ちちははが植えたまいける梅雨の花紅のシモツケ藍のアジサイ
亡き父が植え給いける梅雨の花べにのシモツケ今さかりなり

クモの巣にあまた小花を散らしつつウメモドキ咲く夥しきまでに
ゼンマイの平(ひら)葉に小花散らしつつウメモドキ咲く夥しきまでに
ゼンマイの平(ひら)葉の上にヒカゲ蝶動くことなく羽ひろげ居り
みどり葉にヒメシャラの花紛れつつ咲くを仰ぎぬ目立たぬ花を
茎ほそくしなやかに立つギボウシの蕾は淡き朝空の色


2010.7.4

-鴨ヶ谷湿原の草刈り-
うつうつと疲れたる身に家を出づ六十キロを行き里の草刈ると
痛む腰かばいつつ草を刈りゆくに草は柔らかし雨に濡れ居て
吹き出づる汗にあら草刈りてゆく腰の痛みの意識は薄れ
田の原を渡り吹き来る風ありて草刈るわれの汗かわきゆく
クサレダマ黄に群れ咲くをたまゆらにわが見て畦の草を刈りゆく
匂いなく美しくもなきクサレダマ草連玉と書くを図鑑にて知る
老ら集い草を刈りまた草を集め楽しげに見ゆわれを離れて

カキランもノハナショウブも散りがたとなりし湿地にアシ生い茂る
うすべにの蕾もありていと小さきモウセンゴケの花咲き初めぬ
滲みいづる水に濡れたるひとところモウセンゴケは赤き葉を張る
ウツボグサ花穂に花の残れるをそのむらさきをしげしげと見る
玉の実のえんじの色に輝くを若きに示すナツハゼの実と
むらさきの色ふかぶかとストケシア花むらをなし霧に濡れ咲く
アジサイに関わる思い出ひとつなくただありふれし花とわが見る
アジサイとガクアジサイとやや離れ咲き居るを見るのぼる坂路に
伏すもあり傾くもありギボウシの花みだれつつ雨に濡れ居り
乱れつつギボウシの花濡れ居るを雨の晴れたる遅昼に見る
シャラの花こずえ高きに咲き初むを吾は仰ぎぬ衰えし目に

受話器より師の大石さんのはずむ声「まちがいなく純ニッポンの花です」
ヤマハハコその名ゆかしき花と知る庄の沢にて摘み来たる花

疲れ果て小一時間を眠りたり午後の板間に老の背を延べ

信号を待ちて居る時かの山のヤグルマソウの花思い出づ


2010.7.11

われ若く勤めし日のごと失いし病舎の鍵を探し居る夢
われ若く勤めたる日を夢に見るああ三十年の歳月過ぎぬ
われ若く七年間を勤めたりき暗く汚き病舎なりにき

梅雨のあめ含みて藍の玉の花アジサイ低く垂るるもありぬ
アジサイとガクアジサイの花の色花のともしき山峡に映ゆ
しぼむあり花ひらくあり蕾ありヤブカンゾウは草むらの中

いとほそき茎の先なる玉つぼみモウセンゴケは雨にひらかず
花閉ずるモウセンゴケをやや離れネジバナの花ひとつが立てり

蕾らを花穂(はなほ)の先に残しつつヌマトラノオは咲き初めにけり
刈りやらぬ草芝の路雨を含みわが履く靴のたちまち濡るる
長靴にはき替え山をめぐりゆく老いにし妻と傘さしながら
ナツツバキこずえ低きに花あれば近寄り仰ぐその白き花
梅雨のあめ小止みたる時山峡の空気ふるわせホトトギス啼く
ネムの花少しひらくも雨に濡れうす紅の蘂色褪せて見ゆ
ホウノキと葉むら競り合うコシアブラ幹より伐らむホウノキ生かし
梅雨のあめ小止みて森に乱れ咲くサカキの花に羽虫まつわる
コナラ樹の苔むす幹に白き蛾のいくつか羽を広げ動かず
ほそほそとヤブムラサキの枝伸びて高みの花の定かに見えず
茎つたう虫らのごとくトンボソウ淡きみどりの花咲き初めぬ
空にのびしサルトリイバラの若き蔓みどり明るく弧を描き居り
梅雨にしてエビヅルの葉の色づきて空にのびしをいぶかしみ仰ぐ


2010.7.17-18

ちちははが蔑みたりし写真の像イエズス祈り弟子らは眠る

山峡に夏草を刈る時は来ぬきのうも今日も草刈り暮るる
山荘の窓より夏の風入りぬ午睡の後のわが身けだるく
夏の日の午睡の後のけだるさに窓より吹き入る風浴みて居り
山荘の窓より窓へ吹き抜ける風あり夏の谷のぼる風
黄金のひかりの波と輝きて谷のみどりに風渡り吹く
西の日に谷ふかぶかとやや暗し夏の木立の陰るみどりに

ちさき子とその母白き捕虫網手に草芝の路走り来る
歌の材求めむとして窓の辺に峡の夏空しばし眺め居り
歌の材いざ拾わむと部屋を出づモウセンゴケの花閉じぬまに
歌の材拾わむと峡をゆくは楽し詠む苦しみは後(のち)の日として
朝の日に濡れて光れる岩肌にモウセンゴケの花は咲きおり
水滲みる南斜面の岩肌にモウセンゴケの小さき花咲く
湿り地に今年咲きたるひと株のヒメヒオウギズイセン抜き捨てやりぬ
ナンテンの花汚しとわれは見て指につまめばあまりに固し
色淡くはかなきさまに花咲けるマツムシソウを妻とわが見る
色淡くマツムシソウの花咲きて小さき羽虫のひとつ這い居り
クチナシの純白の花咲き初めぬ静謐にしてゆたかなる花
トンボソウ薄きみどりの花咲きてトンボ飛び立つさまに連なる
紅少し混じるもありて白花のシモツケの株ひとむらのあり

山峡のガクアジサイの花苑を波と揺らして風渡り吹く
山峡のみどりの原に風わたり高きに揺るるネムの花むら


2010.7.24-25

麻痺の子と並び腰かけハーブ咲くわが山荘の庭に憩えり
麻痺の子と並び腰かけ山荘の庭に聴きいる叙情歌の調べ
香をかぐとハーブ手に摘み山荘の庭にやすらぐ麻痺のわが子と
オレガノの茎葉手に摘み香をかぎぬ木下陰なる山荘の庭に
妻と子が並び腰かけ図鑑にて庭のハーブの名を調べおり
木の陰の南斜面の湿り地にモウセンゴケは群れ咲き居たり
雲のなき空より夏の光ふり木下の陰にわれは身を寄す
わが山のめぐりの路のそこかしこノギランはいまありふれて咲く
ノギランとヌマトラノオの花咲きて水の辺に小さき群落をなす
水の辺のヌマトラノオの丈ひくき小群落に夏の日は照る
茎先にヌマトラノオの花白く小さきが咲きて時うつりゆく
茎高き位置より散ればやや低くマツムシソウの花咲きて居り
色淡きマツムシソウの花咲きて花より低くなおつぼみあり
ノギランの茎ほそく立つ花の穂のほのか明るし木下の陰に
対生の葉のつけ根よりさらに細く茎葉の出づるこの草の名はなに
黄の色にオミナエシ咲く花のさまその茎も葉も細くはかなし
茎先に青い莢の実ふたつ持ちササユリはやや傾きて立つ
赤松の高きこずえの葉のみどり鋭くひかる夏の日差しに
ホウノキの日を透く広葉影をなす広葉あかるく風にさゆらぐ
泥沈む水にイモリの泳ぐさま吾はひととき見下ろし居たり
黄の色のゆたかに咲けるツチアケビわれは屈みてしばし見入りぬ
一瞬をわれはためらい刈り残すヒメヤブランのいと小さき花


2010.7.30-8.1

水伝う岩面(いわも)に生うるイワタバコその葉も花もしとど濡れ居り
標高六百蚊の居ぬ里と喜びし二十年前よ夢のようなり

夏の夜の草むら闇にかすかなる光を放ち揺れ居るはなに
月見むと夜半(よわ)の目覚めに網戸あけ仰げば下弦の月おぼろなり
おぼおぼと下弦の月の光ふるこの山峡の夜半に覚め居り

つぼみ持ちすくと茎立つ秋草のやや反りし葉に蜘蛛ひとつ這う
どんよりと日輪鈍く空にあり村の草刈りにわれは家出づ
混合油刈払機に継ぎ足して山の家出づ村の草刈りに
オオルリボシヤンマならむか山荘のめぐり雄々しく飛行して止まず
キキョウ咲き黄のオミナエシ咲き初めてわが山峡は秋草の苑
むらさきの桔梗の花の一輪が咲き極まりぬ木下(こした)の陰に
路の辺の白き花穂のチダケサシほのかに紅の色差しにけり
青い実も赤い実もいまだ熟すなくヤマモモの実は落ち尽くしたり
みどり葉を揺らして夏の風わたりころも干すなり山峡の朝
この冬に刈り払いしがアシ茂る夏の湿地とはやなりにけり
咲き初めしオトギリソウの花を揺らし夏の朝風そよと吹きたり
うす紅のモウセンゴケの花もあり白きが中に少し混じりて
垂るる実はかがやく紅紫の色となりナツハゼはいま風に揺れ居る
アブが居てスズメバチ居てクワガタも居りけり樫の幹にぎやかに
山峡の日の照る位置に洗いもの移し干すなり真昼となりて
われの身の内より炎吹き出づる思いに午後の暑さに居りぬ
山の上のみどり葉群を揺らし吹く夏の風見ゆ午後のたまゆら


2010.8.7-8

-下り沢林道-
山水の伝い流るる岩の面にイワタバコ生(お)う花濡れながら
淵ありて近づき難き岩の面にイワタバコ生う水に濡れながら
水に濡るる大岩のうえ紫の花のひとつが散りているなり
かの白き花はホソバノヤマハハコ妻と見上ぐる切り岸の上
切り岸の急峻なるを這いのぼりその細き葉をわれは確かむ
オレンジの小さき実の色あざやかにウワミズザクラの古木覆えり
林道の砂利道をわれら行きゆきて水の辺に咲くサワギキョウに遇う
山の間の砂利道をわれら行きゆきてヤマハハコ咲く水の辺に来つ
林道の砂利道にわれら車停めしばしを憩う真清水汲みつつ
山深くわれら入り来て切り岸の岩の間に湧く真清水を汲む

ポケットにはルーペしのばせ麦わら帽被りてわれは歌詠みに出づ
麦わら帽たがいに被り山の苑に妻は草刈るわれは歌詠む
コオニユリほのか色差すつぼみ持ちこの山裾にはかなげに立つ
いと小さきこの黄の色の花はなにモウセンゴケの傍らに咲く
ノリウツギありふれて咲く白き花さびしき花と今日は見にけり
羽のようなウリハダカエデの赤い実が曇りの空に群がりている
オレンジのほのか色差しノギランの花穂ふくらにほほけ初めたり
こまごまと小さなつぼみあまたつけヘクソカズラの花ひらき初む
オレンジの色濃くヒオウギの花咲けり茎しなやかに立つその先に
山裾の西日の差さぬ木下陰オミナエシ咲きトウキは咲きぬ
キキョウ咲きてむらさきの花白い花木下の陰に浮かぶごと見ゆ


2010.8.13-15

川に沿う森のした陰ほの暗くキツネノカミソリ花原をなす
盆の日の森の陰なる花の原キツネノカミソリ儚げに咲く

時ながく今年の花の咲き継ぐを妻は言い出づシモツケを見て
羽根を閉じベニシジミ蝶止まりたり茎立つアキノタムラソウの花

草を刈り腰下ろし休むしばしの間地に這う虫のさまざまを見る
草を刈りしばし安らぐときの間をルリボシヤンマ飛ぶを目に追う
山峡の坂路を疲れ歩むときサルトリイバラの青き実を見る
ノギランの花穂こむらに蝶ら舞うひとつ花穂にひとつの蝶と
年々にありふれ咲きしツユクサの今年少なき花ひとつ見る
どんよりと空の曇りて居たる時山のリョウブの花を仰ぎぬ
どんよりと空の曇りて居たる午後蛇のむくろに蟻群がれり
どんよりと空の曇りて居たる午後風無き道辺にノリウツギ咲く
大方は実となり居たるコムラサキ花の淡きをわずかに残す
ヒオウギの茎分かれせしその先に花とつぼみと青き実とあり
赤い実のふくらみ細くさわに垂れツチアケビあり山路に低く

鋸(のこ)を引く身をいくたびか休めつつ幹の太きを伐り倒したり
沢水に手と腕をひたし顔を洗い間引きする木をまた伐りにゆく
この夏の草刈らざりしひとところミズギボウシの花少し見ゆ

草を刈り木を伐り倒しわが山に盆の休みの三日過ぎたり
わが山に盆の三日を明け暮れて終戦の日は忘れ去り居る
終戦の遠き夏の日想いつついくさを語る人の記事読む
よみがえる加害の記憶われに在り父の語りしいくさの中に


2010.8.21-22

茎黒く日に焼かれ立つスズランにオレンジの実のひとつが垂るる
わが胸の高さにすくと茎立てるフジバカマの花ほつれ咲き初む
屈みつつミョウガ採る妻の腰の辺にナンバンギセルの茎ほそく立つ
茎先の青き実多くなりにけるヒオウギはなおつぼみを持てり
手に取りし白きキキョウの蕊のさまひそやかにして色やわらかし
粒ほどのマツカゼソウの花見むとルーペ透かせば蟻ひとつ這う
あえかなる小花をつけてヤブジラミあるか無きかの風に揺れ居り
サワギキョウ山の湿地に咲き初めぬむらさきの花茎に連ねて
群れ生うるサワシロギクの咲き初めて山の湿地は秋となりゆく
青草を刈りたるのちに萌え出でていまし輝くキンミズヒキの花
いく重なす薄きベールを想わせてトウキの白き花咲き継ぎぬ

山路ゆく吾のめぐりに黄の蝶のふたつが舞えりもつれ合いにつつ
山路ゆきアサギマダラの舞うを見しが間なく木立の奥に消えたり
切り岸の滲み水ほそき流れなし山路に沿いぬ オトギリソウ咲く
切り岸の滲み水ほそき流れなし山路に沿いぬ アカバナの咲く
岩の間にほそほそと湧く真清水をペットボトルに受けつつ汲みぬ
沢に沿う山路来たりて岩の間ゆ湧く真清水の冷たきを汲む
ヤマハハコその玉の花ルーペにて見れば輝くビロウドのさまに
ヤマハハコその美しき玉の花よろこびわれは路傍に屈む

どんよりと空にとどこおるもの在りて汚し二千十年の夏空


2010.8.28-29

山峡の空の青さよ夏の風葉むら揺らして吹きのぼる見ゆ
谷山のみどりに夏の光充ちそよ吹く風に葉むらは揺るる
ゆたかなるイチョウの葉むら陰をいだき夏のひかりを返しかがよう
ほのかにも柿のえだ葉の揺れいるを夏の午睡の窓ごしに見る
午後二時の夏の日の照る山峡に入り乱れ鳴く虫どもの声
午後の二時過ぎし頃よりいや増して葉むらの影と光濃くなる
青空を飛行し来たる音ありて遠ざかりゆきやがて消えたり
虫どもの入り乱れ鳴く山峡に猟銃を撃つ音遠くせり
ちぎれ雲いつしかあらわれ青空を北に走りて山かげに消ゆ
柿の木の陰に身をおき青き空詠まむと夏の午後を苦しむ
山畑に植えていつしかはびこりしハナトラノオの花に蝶寄る
茎ほそくナンバンギセルのむら立ちて筒の花ひとつ開き居りたり

夕べ食ぶ刻みミョウガのかおり立ち酒酌みながら我は居りけり
うっすらと霞かかりし星の空点滅をしてゆく光あり
うっすらと霞かかりし星の空その星かげの淡きぞかなし
山荘の外(と)に立ち妻と眺め見る東の空にのぼり来る月
夜の雲かたえに照らし山の端に月のぼる見ゆ黄金の色に
夜空低く東の空の山の間に火の色の月のぼり来る見ゆ

すじ雲のあえかにかかる星の空わが山峡に佇み仰ぐ
すじ雲の仰ぎいる間に広ごりて星かげ淡く少なくなりぬ

真夜の森に月のひかりを浴みて立つめぐりは露のしずくする音
真夜の森の月の明かりに佇みて星のひかりのさやけしを見る
月かげに青く明るむ森に立てば夜空さやかに星はきらめく


2010.9.4-5

玻璃のごと光の粒子充ち満ちて山に野面(のづら)に炎暑の日は照る
ナツハゼの実の色づくを喜びて指もて触るればいまだ固かり
やぶ陰に茎ほそほそと群れ生(お)うるナンバンギセルの筒長き花
やぶ陰にナンバンギセルの筒の花むらさき淡く群れ生い居たり
羽ひらめまた羽を閉じヒカゲ蝶しばし留まるフジバカマの花

夕闇の窓よりもるる灯明かりにシキミ葉むらの深きまみどり
山荘の外(と)に出でしばし仰ぎ見る月無き夜空の星のひかりを(平凡すぎる)
雲晴れて星の夜空となりゆくを仰ぎ見て居りわが山峡に
われ若く貧しく夜の勤め終え星の夜空を仰ぎ帰りき
七日前の月に明るき星の空さやかなりしを今宵なつかしむ(平凡すぎる)
山のかげ黒きが上にあかがねの下弦の月のひかりするどし(夜明け前三時半)

山荘の外(と)に立ちわれは朝やけの雲たたなわる空に真向かう
一昨年尋ね来たりし人がまた尋ね来たりぬ野草茶たずさえ
野草茶を君持ちくれば妻とわれは茗荷をすすめ君持ち帰る
小一時間さまざま語り帰りゆきしかの気がねなき人の楽しも

山深くたずね来たりて宮近く田代本滝の標識はあり

去年(こぞ)よりもサワシロギクの花満ちて湿地の原をうずめ咲きたり
マアザミの花茫洋と咲き居たり湿地の原の手前のかたに
くれないの小花をつづるひと茎のミズヒキの葉の傷み居りたり
オミナエシわずかに花の残り居てその下かげにシラネセンキュウ咲く

(全体にぱっとしない)…。とメモにはあるが、人の目からすれば、ぱっとしないのは、いつものことであろうか。ただ作者としては、ほんのわずかな気息の衰えでも、気にかかるもの。この週はとくに疲れていたようだ。歌に勢いがなく、焦点が定まっていない。推敲しようにも、歌の根っこで力がない。こうした歌を残すのも、生活記録としては、意義があるのであろう。


2010.9.11-12

-庄の沢の森と湿地-
真木山に四方(よも)かこまれし庄の沢雲なき空ゆ炎暑の日は照る
真木山に四方かこまれし庄の沢めぐる湿地に咲く秋の花
黄の花にむらさきの花混じり咲き湿地は秋の淡きはなやぎ
ときながくミズギクの花咲きつぎて湿地は秋のはなやぎの色
いとちさきミミカキグサの花も見え湿地は秋の淡き花の原
いとちさく花の目立たぬヒメシロネなにゆえかわがなつかしむ花
サワギキョウいまなお少し咲くも見え秋の湿地ははなやぎにけり
みちの辺にサワヒヨドリの花も咲きわれらはめぐる秋の湿地を
森中にまなこ閉ずれば堰落つる沢の水音とおく聞こえ来(く)
森中にまなこ閉ずれば虫の声峰のかたより遠く聞こえ来
水ゆるく流るる音をかすか聞くわれ森中に耳を澄ませて
岩を垂るるかすかなる水の音を聞くわれ森中に耳を澄ませて
森中にまなこを閉じてしばし居り九月の午後の日かげる路に
夕近く日のぬくもりの残り居る木道にしばし腰おろし憩う
木道に腰をおろしてしばし居り秋の湿地の花にかこまれ

人間の欲望ゆえの炎暑とぞ老の身は萎え気は滅入りたり
炎暑の日ながく続きてこの秋の花は少なしわが山峡に
花白きサワシロギクにベニシジミひとつ止まりて羽たたみ居り
白萩の花のうるおい今年なく葉につき居たる毛虫殺しぬ
紅も白も数えうるほどこの年のゲンノショウコの花は少なし
ルーペもてキツネノマゴのちさき花ツユクサの蕊屈み見るかも


2010.9.18

なにゆえか暗くこころを閉ざすもの在りてたたずむ秋野のはらに
老の身もこころも疲れありしかば呆然と立つ秋野のはらに
ヌマガヤの花穂にかすむ秋の原アシはさゆらぐ風吹きたれば
いち面にサワシロギクの花咲きてひそやかなるもの秋のはなやぎ
いち面のサワシロギクにやや混じりマアザミはありくれないうすく
葦しげる山の間のはらに呆然とわが立ちて居り曇りの下に

-音-
山峡の苔むす岩の間をはしるほそき水ありかすか音立つ
古竹の樋より水の落つる音連綿として山峡にあり
尾根近く山のはざまに谺してツクツクホウシの声は響けり
白萩の花むらに寄る羽虫らの音はひびけり唸るがごとく
山裾の木の葉をわたる風の音おだやかにしてたまゆらに過ぐ
水ほそく茂みに隠れ流れ居てくぼみに落つる音絶え間なし
シキミ伐る花切りばさみの音のして木の間がくれに老いし妻見ゆ

山畑に老いたる妻が採り来たるキュウリにミョウガはバケツに入れあり
ひとむらのキダチコンギクの白い花木下(こした)のかげに風にさゆらぐ
青ジソの茎立つもとに白き花ちさきがあまた土にこぼれ居り
白き花わずかに残す青ジソの実をたわむれに摘みはみにけり
青ジソの実を摘みはめばやわらかくほのかにシソの香は立ちにけり
なお暑き九月十八日の峡の山今年の花のともしきを見る
ツユクサもゲンノショウコも花咲けど今年の花のともしきをなげく
木々密に茂れる山をなげかいぬわが身の老はまたなおさらに


2010.9.24-26

-九月の雨-
雨に濡れ寂しく光る舗装路をわれひとりゆく山の間のみち
傘をうつ雨の音する山のみちわれひとりゆくほうけるごとく
われひとり九月の雨のふる中を佇みいたり茅はらを前に
瀟々と九月の雨のふる中をわれひとりゆく山の間のみち
山萩は九月の雨に濡れながらつゆ光りつつ撓みおりたり
傘をうつ雨の音すでになくなりて傘をたたみぬ山の間のみち
虫の声うえのかたより聞こえ来る雨の止みたる山の間のみち
雨やみし山の間のみちゆきしとき木立より雫垂るる音せり
雨やみし山の間のみちゆきしとき遠く聞こゆるひぐらしの声
雨やみし山の間のみちわがゆけば長靴の音立つはさびしも

玄関を出づれば昨日移し植えしツリフネソウの花咲きており
玄関を出づれば昨日移し植えしキンミズヒキの花咲きており
玄関を出づれば昨日移し植えしアケボノソウの花咲きており

わが谷に月の光を浴みて立つ真夜の木立の影も明るく

つややかにムラサキシキブのつぶら実は色づき初めて露に濡れおり
露に濡れ朝日を透かすみどり葉のアケビの蔓は空に垂れいる
朝の日を浴みつつ露に濡れながらカエデの花の木立かがやく
タデの花ツユクサの花朝の日を浴みてかがやく茂草のなかに
キクイモの黄の花たかく空の青深きがなかに風にさゆらぐ
ホトトギス今年の花のさやけしと触るれば指に葉のやわらかし

レースカー走らす音のうねりひびきわれは苛立つ終日山荘に


2010.10.2-3

-秋の林道-
餅をくるむサルトリイバラの葉を摘むと妻につき来ぬ羽布下り沢林道
新しく舗装路となりし林道の広々として高き秋の空
ヤマハギの花咲きつづく林道を妻子(つまこ)とわれと朗らにゆけり
林道をわれら朗らに行きながらアケボノソウの花に声上ぐ
峠へと坂ゆるやかに道は延びヤマハギの花連なり咲けり
峠より望むダム湖の水浅くあらわに岸の底の見ゆるも
峠より望むダム湖の水浅くみなもは鈍く秋の日に照る
峠よりはるかに湖(うみ)を見下ろしてサルトリイバラの大葉をさがす
大き葉のサルトリイバラもとめ来て花清かなる野菊を摘みぬ
萩の花かたえに吾子(あこ)の写真撮れば坂のかなたに淡き秋の空

笹に草にツルリンドウの蔓からみ清かに白き花咲かせ居り
紅を差すサワシロギクの花も見えヌマガヤ原は秋に入りゆく
甘酢にて漬けむミョウガの花を摘む茎かき分けて妻とわれとが
甘酢にて漬けむミョウガの花を摘む少しく残るミョウガも採りて
この夏の炎暑のゆえか秋に入る山のみどりにうるおいはなし
べに淡きオトコヨウゾメのつぶら実も今年見ぬまま九月過ぎたり
ただひとつミツバアケビは実をつけて垂れて居にけり小(ち)さく乾(から)びて
わが山にガマズミの実を今年見ず木々のみどりにうるおいもなく

雲うすく空にかかりし秋の真夜おぼろに下弦の月かがやけり

日曜の朝のラジオにオラトリオ「エリア」を聴きぬ山荘にわれは

(全体に不調)


2010.10.9-10

豊田市保見町の秋祭りのため休詠。


2010.10.16-17

わが山に色づき初めし葉のあれどわくら葉多し痛々しきまでに
わくら葉の多く汚き山のさま哀れみながら見つめたたずむ
耐え耐えて命を保つ木草とぞわくら葉多きわが山を見る
茶の色に傷みし部位の目に立ちて朴の広葉は曇りに暗し
ツチアケビ腐れてゆかむ赤き実のなかば崩れて地に垂れ居たり

まだらなる夜の白雲連なりて雲なきところ星かげ淡し
やや西の夜空にかかる上弦の月に明るむ山峡に立つ
わが酔えば山荘の外(と)に出で立ちて夜空仰ぐが習いとなりぬ

北の山南の山に鹿の鳴く声しきりなる秋の朝明け
鹿の鳴く声しきりなる山なかにわれは怪しむその鳴く声を
かの地区にツキノワグマの出でしとぞ聞きて怪しむ鹿鳴く声に

朝露に濡れたる秋の茅はらにマアザミは咲く首垂れながら
朝露に濡れたる秋の茅はらにヤマラッキョウの玉の花咲く
朝露に濡れたる秋の茅はらにウメバチソウの花ぞさやけし
露に濡るるヌマガヤ原の秋の色見つめ佇むかなしき色と

笹に絡みさらに地を這い花咲けりツルリンドウの茎長くのび
とき遅くナンバンギセルの花咲けりこの夏刈りしススキの根方に
大き葉をカシワバハグマは地に広げ茎やや延ばし花咲かせ居り
野菊咲きアキノキリンソウ咲きあふれ野路に山路に秋の色満つ
茎ながく細くしなえる先の花コウヤボウキは山路に咲きぬ
花びらのべにむらさきの色褪せてサワシロギクの時の過ぎゆく

大き羽ひらき平らめ滑空するアサギマダラを目の前に見る
上に下に右に左に蝶は舞う羽をたいらめわが目の前を
たまゆらを野菊の花にまつわりて蝶のひとひら離れゆきたり


2010.10.23-24

眼(まなこ)光らせ我を見返すこの女人(にょにん)何の怒りを秘むるにあらむ
未だかつてわが受けざりしその視線ひかり冷たく怒りを含む
怒り受くるほどの非がわれに有りやなしやこの前は笑みて別れしものを

遠ひびくミニサーキットのモーター音ひねもす我の耳に疎まし
静けさを求め来たりし谷山にサーキットの音ひねもす唸る
サーキットモーター音の唸り響くわが谷山にひと日苛立つ

薄日差しモンキチョウ舞いトンボ飛ぶこの静かなる山峡の午後
あどけなきさまに小さな丸い目をわれに向けおり鳥は木立に
ジョウビタキ木の葉かげよりあらわれてたちまちに消ゆ木立の陰に
空を切り木立木立を移り飛ぶ小鳥の群の影のすばやく

黄の色に草もみじするヌマガヤの原にひそみてヤマラッキョウ咲く
地にあまた茎立つフユノハナワラビ暗き色含む胞子葉もあり
赤味やや残すもありてナツハゼの黒実つぶらに熟しかがやく
ありふれて山路に咲けるヤクシソウ人住む里に今日われは見ず
地に低くたわむる茎にリンドウの花連なりて空仰ぎ咲く
乱れ咲く野菊にあれば妖しくも夕うす闇の花のはなやぎ
ありふれて常の年にはありにしがムカゴ実らずこの夏の炎暑に
山の猪(い)の食い荒らしたるキクイモのイモひとつなき畑におどろく

-夢の断片-
夜明け前の夢の断片ふたつみつ記憶にかすか残り居るのみ
陽を透かし光揺れ居る夢の海澄む水なかにたわむる吾は
白き山登りゆくとき白きもの徐々に崩れて迫り来る夢
天空の都ありけり岩荒き夢の山岳越えたる時に


2010.10.30-31

-雨の家居に-

週末の雨の家居のもの憂きに本を手にすることすらもなし
週末の雨の家居の二日過ぎ雨の止むなく夕暮れとなる
週末の雨の家居の二日過ぎ心けだるく月曜を居り
歌の材拾い得ざりし土日過ぎさて何を詠むその義務もなし

さて何を詠まむか迷い思い立ち本に関わる記憶を辿る
子ども向け要約本の英雄譚好みて読みき少年われは
本を読みし記憶少なく野に遊ぶ少年なりき友らもわれも
貧しくて学歴もなき家にして所詮本とは無縁の子なりき
漫画本チャンバラ映画に喜びて屈託のなき子なりきわれは

挫折感癒すがごとく思想書のたぐいも読みき「剣と禅」また
すべては無と思いて居たる十七の夏の日出会いし人想うかな
心暗き十九の夏の出会いなりき児童本「銀河鉄道の夜」
絵本の絵の記憶はうすれ悲しげな星の夜空のイメージあるのみ
ジョバンニもカンパネルラも吾もまた銀河の夜の子どもらなりき
われ若く心にふかく読みたりきその名賢治をはじめて知りて
若き日の挫折のなかに出会いたる賢治なりけり貪り読みき
わがひと生(よ)定めし絵本とも思いみるああ四十年の歳月は過ぎ

われ若く学なく貧しく愚かにも玄米食を信奉したりき
無双原理説く人の書を信奉し読みたりき貧しく愚かなりにき

賢治の地を慕い慕いてわれ若く移り住みにき岩手盛岡に
激しかりしわが愚かさに関わりし人らを妻を時に想えり
われ若く悲劇という語に心寄せ町の古書店にシェストフ知りき


2010.11.6-7

シロモジとまたタカノツメ黄葉(もみじ)して曇りに明かし冬立ちにけり
露に濡れし枯れヌマガヤにひそみつつむらさき深きヤマラッキョウの花
枯れ色のヌマガヤ原をわが見つつこの秋の日の静けさにいる
あざやかに去年(こぞ)色づきしくれないのヌルデの紅葉この秋はなし
赤き葉をヤマザクラはまだまとうるにカスミザクラの葉は落ち尽くしたり
黄なる葉をゆたかにまとい輝きてイチョウ一樹は天へとそびゆ
北窓の近く小暗き部屋のテーブルに黄なるイチョウの輝き映る
放射状なして天へとそびえ立つイチョウ葉むらの黄なるかがやき
生(あ)れし子の幸を祈りてあがないしイチョウの苗木いま天に立つ
うっすらと緑おびたる蕾持ちミツマタの葉は黄葉して居り
ミセバヤの花の咲き居てともしびの灯れるごとく日陰明るむ
秋の色あざやかに織るブナ黄葉うすき緑も少しくまじえ
そびえ立つシャラの一樹の秋の色青きみ空に照り輝けり
イカリソウまどかなる葉のもみじして黒土の辺に垂れて居にけり
リンドウの花は咲き居りもみじして柿落ち葉散る草芝の路
ひとむらの野菊咲き居りもみじして柿落ち葉散る草芝の路
山路ゆき大きなる朴の落ち葉ありて仰ぎ気づきぬ朴の若木に
尾根わたる風のひびきに佇めばまたかすかなり落ち葉ふる音

われの見る夢はおおかた楽しくて夢の続きをつね欲りにけり
わが読みし本の記憶を辿りつつわれのひと生をふり返り見る


2010.11.13-14

山峡の秋ゆく色のはなやぎに心たゆたう老いほうけ吾は

雲うすく空にかかれる秋のあさ峡のもみじの華やぎの色
秋の色はなやぐ峡の朝の空雲はうすらに広ごり居たり
立ち仰ぐ峡のもみじのその上の雲間に淡き水色の空

その調べやさしくフォーレのレクイエムもみずる山の家に聴く朝
この朝をもみじの森の家に居てレクイエム聴くフォーレの調べ
楽の音の調べやさしく流れ居るもみじの山の家の朝なり
死者のため永久の安らぎ祈る歌もみじの山の家に流るる
窓外の峡のもみじを時に見てレクイエム聴く日曜の朝
峡の山深きより沁み出づるごと調べやさしくレクイエム流る
木々の枝わたる小鳥を見て居りぬフォーレの調べかなしき中に

山峡のみちの落ち葉を踏みながら薄きひかりの中を歩めり
この夏の暑さ激しく柿の葉の色はくすみしままに散りたり
露に濡るる草のもみじに落ち葉して静かなりけり秋のはなやぎ

草を焼く煙にかすむ妻が見ゆ秋ゆく朝の山の畑に
山峡に草焼くけむり立ちのぼりもみずる木立にうすれ消えゆく
麻痺の子と並び腰かけ見ていたり妻が草焼く秋のけむりを


2010.11.20-21

くれないのもみじ明るむ山の路足病む吾子は杖つき歩む

薪にせむ丸木を伐りていたる時いつしか秋の日は陰りたり
ふと見たる東の空に影淡く満月ありぬ山の端のうえ
木を伐りて山に居りしがいつしかにまどかに白く月の影出づ
西日浴みコナラもみじの輝ける上なる空の白き月影
夕空となりゆく時の青空の色うすまりて白き月出づ
まどかなる月影淡し迫り合うもみじの森と真木山のうえ
迫り合う山の上なる夕空のほのかむらさきくれないの色
くれないにほのか明るむひむがしの夕空に浮く白き満月
まどかなる月影淡く空にあり西の日いよよ陰りゆくとき
西の日の陰りゆく時まどかなる月影ややに光おび来ぬ
迫り合う山の上なる夕空を色しろがねの十五夜の月
夕陰となりゆくもみじの山峡にわが立ち仰ぐ満月の光
真木の山もみじの森の迫り合う夕空に照る白金の満月
白金の満月の照る山峡のもみじは深き夕陰のいろ
時うつり夕空の色しずまりてまどかなる月かがやきにけり
裸木となりしイチョウの影黒き枝の間に照る十五夜の月
影黒くなりたる松の枝の間に満月の照る夕闇となる
夕露にイチョウの落ち葉湿りいてやわらかきを踏む山の苑みち

朝の日の東の尾根に差しし時コナラ黄葉(もみじ)の森かがやけり

砲撃戦よくあることのひとつかと思い眠りぬ老のほうけに
戦争はかく単純に日常にしのび寄り来ぬわれ眠るまに


2010.11.28

あらかたはもみじ散りたる峡の山空はうすらに曇りて居たり
薄雲る空よりふれる光ありてゆく秋の山ほのか明るむ
山峡のもみじ過ぎつつ日輪は曇りの空におぼおぼと照る
日輪は曇りににぶく光放ちちぎれ雲暗く南に走る
うす曇る空に峰なす白雲のひとむらのありあえか耀う
玻璃の窓透かし眺むる山峡に木の葉は散りぬ風のあるらし
玻璃の窓透かし枯葉の散るを見る右のかたより左へと舞う
玻璃の窓透かし枯葉のよぎる見るひとつ近づき舞い上がりて消ゆ

山峡にのこるもみじを眺め立つわがしら髪に風寒く吹く
ヌマガヤもアシも小暗く枯れ色の原となりけり草もみじ過ぐ
ヌマガヤの原に枯れ立ち群るるアシわれは寂しく眺めたたずむ
枝ぶりの曲がりてわろきナツハゼになお赤き葉は枯れながらあり
赤き葉を散り残しけるナツハゼの黒実ひからび少しくありぬ
ナツハゼの黒きつぶら実ひからびて少しく垂るる赤き葉の間に

うす紅のさざんかの花咲きたるを見れば寂しもゆえ知らにわれは
ヒオウギの茎いく本かすがれ立ちその先になお黒き実はあり
湿りもつ落ち葉の路に青々と萌ゆるものあり落ち葉を分けて
西の日の差さぬ木立の暗きなかバイカツツジの黄葉明るし

尾根近く秋の山路をゆきしとき花芽ふくらむタムシバに遇う
こずえ高く灰のにこ毛にくるまりて花芽ふくらむタムシバを仰ぐ
はだか木となりし木立にからまりてアケビのもみじ秋の空に映ゆ


2010.12.5

-渡辺房江さん一年忌 12.4-
一年忌はやくもめぐり訪い来たる海辺の町のにおいなつかし
一年忌雨の降らぬをよろこびて老ら集いぬ堀辺の寺に
亡き人をしのぶというも淡々(あわあわ)と寺の畳に老らはすわる
遠かすむ海をはるかに丘の上古き墓ならぶひとつに集えり
老らつどい墓に手向くる線香の残るは墓守(も)る地蔵の前に
墓場より戻りて町の仕出し屋に老らは集う御膳の席に
足腰弱き老らの集う一年忌食いて語るは皆旺盛なり
衰えは五歳(いつとせ)ごとに進むとぞ吾より十歳(ととせ)老いしが語る
食い語り笑いて町の仕出し屋に人ら別れゆく一年忌終え

奥の歯のひとつが抜けるきざしして老のひとりとなりゆく吾か
またひとつ右の奥歯もぐらつきて老いはわびしく深まりゆくも

良き友ら良き女人らと夢に遊び覚むればおおよそ忘れ去り居つ
口のべに赤きおみなのにこやかにふり向きたるも清らなる夢

金のため働きひと生(よ)過ぎにけりいつの時にも寂しさありき
金のためひと生はたらき金に疎くひと生は過ぎつ老いて寂しむ

-三河湖経由-
母のためシクラメンの花買うという妻につき来ぬ和合の里に
歳末をはやくも見こし妻は買う手作り工房にハムのセットを
朝の日に波かがやける湖(うみ)の辺のもみじの道に車を停めつ
朝の日に波かがやくをわれは見て妻子とみたり湖辺に憩う
感謝祭終えて残りし缶入り茶翌朝訪いしわれらに給いぬ


2010.12.11

柿落ち葉イチョウ落ち葉の野辺の路フユノハナワラビ明かるみ生うる
屈みつつわが見るフユノハナワラビ胞子葉は茶の色に褪せ居り
たわむれに触るればフユノハナワラビあえか煙りて胞子は舞えり
冬の花わが山峡にもとむれどただサザンカのくれないの花
茶に枯るる茎むらだちて萼片のなお縋るありガクアジサイは
花あとの玉のわた毛の色暗くノコンギク群れ野辺に枯れ立つ
傾きて乱れ群れ立つノコンギク玉のわた毛の枯々(かれがれ)の色
黄の色のガマズミの実がいく粒かこずえにありぬ淡きつや持ち
ビロウドのつやを放てるミツマタのつぼみは淡き緑灰の色
石組みの石のはざまゆ茎立てるナンテンの実のくれないの色
はだか木となりしこだちに絡まりてアケビの黄葉(もみじ)曇りに明かし
冬木々にミツバアケビの蔓からみ黄のもみじ葉の曇天に明かし
ミヤコザサ生いて明かるき山なだり谷の向こうに山荘が見ゆ
曇天の空にするどく黒き影コナラ林の冬枯れの山
まだらにぞ光をはらむ曇天のそらに冬木の影はするどし
山路ゆき青笹の葉の垂るる陰ツチアケビあり赤黒き実の
深々と枯葉散り敷く山の路ホウの広葉の反りたるもあり
谷をへだて望む東の山なだり笹原ありて冬木々明かし

奥の歯の老いて弱りし吾なればまず前歯にて噛む癖つきぬ


2010.12.18

風すさぶ冬の田原に人を見ず雲暗ぐらと空を覆えり
村めぐるバスは媼(おうな)をひとり乗せ冬曇天の小暗きをゆく
生真面目に応ずる人に心やすくチェンソー修理を依頼す吾は
なにゆえか心にしみてなつかしく農機具修繕センターを出(い)づ

ともどもに未来明るく語り合い星の夜空を仰ぎいる夢
楽しくて悲しきまでの夢なりき未来明るくわが語る夢
思いみれば希望を持ちしこともなくひとよは過ぎて老いぼれとなる
職業に貴賎はなしという言葉ひとよを過ぎて思えばむなし
なにもかもが虚しく悲しく思われて薄き日の差す冬の空仰ぐ
ひとよ思えばはたらき甲斐という言葉われには無縁のままに過ぎたり
父ははを憎み憎みてひとよ過ぐ所詮とんびはとんびの子なり
結局は親を憎むということに思いは至るいつの時にも
なにゆえに苛立つわれか問わるるに言葉鋭く即座に返す
草陰に名もなく倒れ死にたりし兵のごとくにわがひとよ過ぐ

この年も服喪のハガキ二通届き交わり狭く淡く老いゆく
年々に喪の知らせ受け賀状出す数も減りたり還暦を過ぎ
年々に喪の知らせ受けわが書くは十三枚の賀状となりたり
年々に減りゆく賀状の宛名書く老ゆればほどよき数とも思い
交わりもひとよを通し少なくて老ゆればいよよ賀状減りゆく


2010.12.25-26

今日もまた小暗く曇る山の里にわれらは来たり冬の笹刈ると
遠く来て底冷えのする山荘にまずストォブの火をともしたり
ストォブの火にぬくもりし山荘に麻痺の子のこし笹を刈りに出づ
長靴のあたらしきを履きささやかなこの喜びに地を踏みにけり
長靴のあたらしきを履き地に立てり老いておさなき心となりて
冬山の笹刈るわが背を射るごとく風はするどく冷たく吹けり

三十年経て根の太きアジサイを山の畑に移植をしたり
アジサイを移植するときひとくれのキクイモが出づ土にまみれて
三とせ経て根付きあやぶむ若木とぞ再び移し植うるを決める(カツラ)

ひと椀の五目ご飯とみそ汁の熱きに冬の昼を足らえり

年々に草を刈りやれば年ごとに草やわらかくなりしを刈りゆく
年ごとに重くなりゆく思いすと妻はなげきて草刈り機置く
山かげに心おさなく妻を呼びミヤマシキミのあり処を示す
紅差せる粒のちさきを集めつつミヤマシキミは実をつけはじむ
幼子の遊びごころと吾はなり竹の熊手に落ち葉集むる

さらに冷ゆる夕べとなれば七輪の炭火を熾すストォブに加え
山荘に酒酌むゆうべ唐突に妻はカメムシの少なきを言う
そう言えばそうかと吾は頷きてめぐり見回す酒に酔いつつ
ストォブと七輪の火に温もりし山荘にわれら夜を安らぐ
安らぎて吾は眠らむ湯たんぽに両の足もと温もる夜を

山荘における師走最後の週末を詠んだのであるが、なんとも凡庸で力のない連作になってしまった。それでもやはり、読み返せばそれなりの情景がよみがえり、そこはかとないなつかしささえ覚える。病のため山には行けなくなってしまった現在、健康で平凡な日常のありがたさを、しみじみと思うのである。


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